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第2回 三沢と川田と当時の僕(1)

 四天王プロレスを一言で表現するならば、それは三沢光晴vs川田利明の歴史だ。「そんな風に言いきっちゃっていいの?」と困惑する人もいるかもしれない。確かに今となっては不思議なのだが、この三沢vs川田はプロレス大賞のベストバウトを受賞したことがないのだ。しかし、結局のところ、その2人の気持ちが時代を動かし、新しいプロレスを作っていったのは紛れもない事実だ。

※まず最初に、2人の学生時代のエピソード(一応断っておくと、2人は同じ足利工大附属高校のレスリング部所属で、三沢が1年先輩だった)なんかをサラリと書ければ内容に重みがでるとは思うんですが、ハッキリ言って本人たちに直接そんなエピソードを聞いたことがなく、ただの受け売りになってしまうので、省きます。詳しい話は各自調査を!一言で言ってしまえば学生時代から近い関係だったというわけです。

 僕がプロレスを見始めたのは92年。当初は土曜の夕方に放送されていた新日本の中継しか見ていなかったが、プロレスファンだった部活(軟式テニス部)の仲間に「日曜の夜中にやっている方が面白いよ」と薦められ、そこで初めて全日本プロレスに出会った。ちなみに最初に見たTV放送で一番印象に残ったのが小橋健太と菊地毅だったのは今でも覚えている。
 友人に言われるがままに強引に何本もビデオを渡され、当時の『全日本プロレス中継』の映像をこれでもかと見せられた。今になって考えれば、この友人がいなければこんな風にしてコラムを書くこともなかっただろう。
 ビデオを見て学習していくうちに、どうやら全日本マットの中心は鶴田軍vs超世代軍らしいということが分かってきた。その友人は熱狂的な三沢ファンで、「子供が生まれた光晴とつける」と言い張っていたが、今現在、息子に光晴とつけたという話は聞いていない。必然的に僕も超世代軍を応援する立場になっていった。
 当時、三沢と川田は超世代軍のNO.1&NO.2としてタッグを組んでいた。友人から借りたビデオには、殺人魚雷コンビを破り、世界タッグ王者になった映像も含まれていたが、とにかく三沢と川田は完璧に気持ちがつながっていて、なにも言わなくてもお互いがなにを考えているのか理解できて、やっぱりいつでもどこでも一緒に行動していて、それが永遠に続くものだと思っていた。プロレス記者にでもなれば、タッグパートナーが必ずしもプライベートで仲がいいとは限らないし、だからこそいいコンビになることも多々あるということが分かってくるし、自分自身の人間関係でも同じようなことが見えてくるが、当時の僕はそんな考えはまったく浮かんでいなかった。要は子供だったのである。

 そんな2人が対戦する――。当時の僕の感覚からすれば、試合展開を想像したら朝まで眠れなくなるぐらいの夢のカードだった。長いプロレスの歴史を知っているファンであれば特におかしいとは思わなかったのかも知れないが、まだまだプロレス初心者だった僕にとっては初めて遭遇した驚くべき事件だったのである。
 92年10月21日、全日本創立20周年記念大会となる日本武道館が戦いの舞台だった。三沢は2ヵ月前の武道館でスタン・ハンセンを破り、三冠王座初戴冠を果たしている。三冠に挑戦すること4回目、ハンセンにはもちろん初勝利で、まさしく“悲願達成”だった。川田もライバル関係にあった田上を降し、三冠挑戦権を獲得して、この武道館決戦にコマを進めてきたのだ。
 ジャンボ鶴田&アンドレ・ザ・ジャイアント&テリー・ゴディvsジャイアント馬場&スタン・ハンセン&ドリー・ファンク・ジュニアという豪華カードをセミに抑えての三冠戦となったが……。ここまで書いておきながら言いにくいのだけれど、実はこの試合、僕は会場で観戦していない。前述の友人は部活を仮病で休み、武道館に行ってようだったが、僕は気弱な性格が災いしてか、部活をさぼることができず、初観戦を果たすことができなかったのだ。(この時のフラストレーションが後々になって爆発し、僕のプロレス狂生活がスタートすることになる)
 しかし、そんなモヤモヤとした気分を吹き飛ばすほど、1週間ほど遅れてTV中継で見た三沢vs川田は強烈だった。試合開始早々、最初に組み合った瞬間に高角度のバックドロップを繰り出した川田。思わず実況を務めていた福沢アナが「がーんせき落とし!!」と絶叫すると、解説の竹内宏介さんも興奮した声を漏らす。当時ずっと頭から離れなかった成績がいまいち上がらないことや、翌年にやってくる高校受験の不安、人間関係の悩みが一瞬にして吹き飛び、この試合は1秒たりとも見逃してはいけないと直感した僕は、TVを食い入るように見つめ続けた。それは本当に夢のような時間だった。この日から僕の四天王プロレスを追う生活がスタートする。
 試合は三沢が猛虎原爆固めで勝利した。次のシリーズである『世界最強タッグ決定リーグ戦』では再び三沢と川田はタッグを組んで出場し、優勝を飾っている。夢の対決はやはり夢で、再び現実に戻ったかのように思われた。(次回に続く)

『旗揚げ20周年記念 92'ジャイアント・シリーズ最終戦』
★1992年10月21日(水)東京・日本武道館 観衆16300人(超満員)
▼三冠ヘビー級選手権試合 60分1本勝負
○三沢光晴(第10代王者)
vs
×川田利明(挑戦者)
(29分52秒 猛虎原爆固め)
※三沢が初防衛に成功




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