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第17回 三沢と川田と当時の僕(15)

 97年のチャンピオン・カーニバル三沢越えを果たした小橋。その時に大きな効力を見せたのがラリアットだった。この試合をキッカケにして、剛腕ラリアットが大きな意味を持つようになる。
 しかし、ラリアットにこだわるあまり、右腕を攻撃されることが増え始め、苦しい展開が強いられるようになる。田上戦でも敗北を喫してしまった。川田はウィリアムスと引き分け、失点4と自力優勝が消滅。三沢もそのウィリアムスに三冠戦のリベンジを許し、同じく失点4に追い込まれてしまう。ウィリアムスも田上やオブライトに敗れて失速。その後も激しい星の潰し合いが続き、最終的には失点5の三沢、川田、小橋が1位に並ぶ形となった。1点差で田上、ハンセン、ウィリアムスが続いていたことからも、この年の混迷ぶりが見える。最終的に史上初の巴戦での決勝戦が決定した。
 プロレス史上最も過酷な巴戦、そう断言してもいいだろう。約1ヵ月、全21大会という現在では考えられない長期シリーズの最終戦、しかもそのシリーズで3選手とも11試合のシングル戦を消化。途中には5連戦も含まれていた。リーグ戦に出場した選手は全員満身創痍な状況。この頃の経験からNOAHでは3連戦以上の興行は基本的には組まれず、リーグ戦自体も最近まで開催されなかったのである。
 巴戦の初戦は小橋vs三沢。三冠王者・三沢とすれば2連敗は絶対に許されない。三沢と小橋には強い信頼関係があり、だからこそ名勝負を何度も生み出しているが、実力を認めた後輩だからこそ、余計に負けたくないという想いが強まっていた。首に爆弾を抱えていた三沢にとって、小橋の新必殺技であるラリアットは驚異になる。その小橋の右腕も既にパンク寸前。しかし、何度もチャンカー辛酸を舐めさせられてきた小橋にとって優勝は悲願以外の何ものでもない。二人の気持ちと気持ちのぶつかり合いに30分は短すぎ、引き分けという結果に終わった。
 ぐったりと倒れ込む三沢と小橋。しかし、巴戦はここでは終わらない。第2試合は三沢と川田の対戦となった。
 これまでとはまったく違うシチュエーション。いつどんな時でも、三沢は「川田だけには負けられない」という激しい感情を爆発させて川田の挑戦を退けてきたが、この日は体力の限界を既に越えた状態。川田は千載一遇のチャンスを掴もうと、ジャンピングハイキックでラッシュ。最後はパワーボムの連発で3カウントを奪取。変則的な試合形式、しかも相手が2試合目という前提があったが、とにかく三沢からシングル戦形式の試合で初めて勝利した。
 巴戦での勝利は2連勝が条件になる。わずか10分程度しか休む時間はなかったが、再び小橋がリングイン。川田vs小橋がスタートした。
 川田は小橋のラリアットを封じるべく、右腕攻めを敢行した。やや気負いの見える小橋はやはり三沢戦のダメージが色濃く残っており、体のキレは戻っていない。しかし、川田の攻勢をかいくぐって、その剛腕を叩き込んだ。
 だが、惜しいことに、小橋のラリアットは現在ほど一発必中の必殺技にまで昇華できていなかった。川田はスタン・ハンセンと年間ベストバウトを受賞するほどの激闘を繰り広げてきた男。そんな相手を1発で仕留めることはできず、逆にラリアット一辺倒になったところを狙われ、バックドロップに被弾。川田はジャンピングハイキックの乱れ打ちで粘る小橋を沈め、97年のチャンピオン・カーニバルを制した。

「これが全日本プロレスです」

 試合後にそう叫んだ川田。三沢という目標からあえて距離を取り、外敵との対戦に活路を見出したことで、逆に三沢越えを果たす結果に辿り着いた。タッグでの勝利、巴戦での勝利、続くべきはやはりシングル戦での勝利となる。川田が再び三沢と三冠戦で激突する日が近づいてきていた。




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