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第12回 三沢と川田と当時の僕(9)

「あいつのスタイルで勝負したい」とオブライト戦に向けて意気込みを語っていた川田だったが、後楽園ではパートナーの多聞がジャーマンでKOされ、さらに秋田大会では川田自身がスリーパーで絞め落とされてしまい、後がない状況だった。オブライト戦は武道館のセミファイナル。鎖国を続けてきた中での外敵(厳密に言えば全日本に参戦するようになった団体内の敵なのだが)との対戦で敗れるようなことがあれば、ファンの失望を買い、武道館の興行自体をぶち壊すことにもなりかねない。ここまで内容ではなく勝敗が重視された試合は当時の全日本では珍しかった。
 しかし、難しいシチュエーションの中で川田はオブライトと名勝負を繰り広げた。オブライトの土俵に乗り、良さを引き出した上で、腕ひしぎ十字固めで奪った勝利。『不器用』『デンジャラス』が代名詞だった川田だが、その川田の巧さが注目されたのもこの勝負からだったかもしれない。三沢vs小橋も熱戦となったが、内容面でもまったくひけの取らない試合となった。オブライトの全日本時代最高の名勝負はこの試合だったと断言してもいいだろう。
 続く最強タッグはもちろん田上とのコンビで出場。三沢&小橋組に残り時間1分となったところで勝利し、いい状況でシリーズを進めていった。中盤戦で小橋とのシングルマッチが行われたが、これは30分時間切れ引き分け。三冠戦、チャンピオン・カーニバルを合わせると、2人の対決はこの年3回とも引き分けとなっている。
 優勝候補の一角であるハンセン&オブライトとも引き分けた川田組は優勝戦で再び三沢&小橋と激突した。この年5度目の四天王対決。そこまで対戦していると、どの試合がどんな戦いで結果がどうだったのか細かく記憶するのは難しいし、どんなファンでもそこまでは覚えていないんじゃないかと思う。ただ、間違いなくどの試合も年間ベストバウトに選ばれてもおかしくない試合だった。時間無制限で行われたこの試合は小橋が田上から勝利。史上初の最強タッグ3連覇を果たした。(ベルトは川田組が保持したまま)
『J−CUP』、『INOKI FESTIVAL』が年末のマット界を騒がした後、96年の年が明ける。プロレスファンとすれば新日本の1・4東京ドームで年明けというイメージが強いかもしれないが、全日本ファンの僕とすればやはり1・2後楽園がプロレス的な新年。この頃になると、いくら元日を迎えても正月気分にはなれず、後楽園で馬場さんの「今年も全日本プロレスは明るく、楽しく、激しいプロレスをしていきます」という決まりきった挨拶を聞かないと新しい年になった気がしないという状態になっていた。
 この年の1月には全日本の後楽園大会がなんと5試合もあった。今なら考えられないが、それだけ当時の全日本が特に関東地区で圧倒的な人気を誇っていたのが分かると思う。プロレス大賞ではやはり刺激的な戦いが高く評価されたが、読者投票で行われる週刊プロレスの年間大賞では全日本プロレスがほとんどの賞を独占していた。今になってみると、記者とすれば書きにくい試合が多いし、見出しや表紙に打ちにくい戦いだったと理解もできるが、当時の一ファンとしては、もっと評価されてもいいのではないかと疑問に感じていた。
 話を元に戻そう。1・2後楽園では秋山vsラクロスという意外な名勝負やバトルロイヤルでのハンセンの川田に対する暴走などで沸きっぱなしだった。シリーズを通してあすなろ杯も開催され、秋山より下の選手も徐々に力を付けてきており、新しい景色が見え始めていた。
 秋山も一気に浮上。田上から6人タッグながら勝利を手にするまでになった。川田はその秋山とシングルで対決。前哨戦では垂直落下式ブレーンバスターで半失神に追い込まれたが、シングル戦では逆にその垂直落下で勝利している。
 そして、バトルロイヤルで大乱闘を繰り広げたハンセンがオブライトとのコンビで世界タッグに挑んできた。この試合で川田はウエスタンラリアットで敗れてしまい、タイトルを落としてしまった。オブライトはさらにこのシリーズの最終戦でフルネルソンスープレックスを解禁。完全に全日本での地位を確立した。続くエキサイトシリーズでは三沢との三冠戦を実現させている(三沢が防衛に成功)。
 川田がどうだったかと言えば、エアポケットに陥ったのか、気迫のこもったファイトを仕切れずにいたが、ハンセン&オブライトを相手にリベンジを果たし、田上とのコンビでベルト奪還に成功。三沢vsオブライトが行われた武道館では、ノンタイトルながら小橋&秋山組と対戦し、勝利を飾っている。
 そして再びチャンピオン・カーニバルの季節がやってきた。四天王に加え、タイトル戦線の一歩手前まで上り詰めてきた秋山、さらに大森やあすなろ杯を制した多聞など日本人陣営も層が厚い。そしてハンセン、オブライト、エース、パトリオット、1年ぶりの復帰を果たすウィリアムスまでが出場し、予想不可能のリーグ戦となった。
 前年は三沢が負傷を乗り越え優勝を果たした。田上の活躍も大きな話題を呼んでいた。その中で3位という微妙な結果しか残せなかった川田は、春の本場所を前に静かに闘志を燃やしていた。(つづく)





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