コラムバックナンバー一覧

第13回 三沢と川田と当時の僕(10)

 四天王時代の『チャンピオン・カーニバル』ほど過酷なシリーズはこの長いプロレスの歴史の中でも他にないだろう。特に1996年当時は四天王の円熟と、外国人選手の巻き返し、若手の成長が重なり、もっとも激しい戦いが展開されていた時期だ。
 三冠王者、そして前年度覇者としてこのリーグ戦に臨む三沢。しかし、三冠王者は各選手のマークがきつく、このシリーズを制するのは至難の業だった。その不安が的中する形で、三沢は初戦となるエース戦を引き分けに持ち込まれてしまうと、2戦目のウィリアムス戦ではまさかの敗北を喫してしまった。前回の王者時に三冠を奪われた因縁の相手でもあるウィリアムスは1年ぶりの復帰戦。三沢が圧倒的に有利だったのにも関わらず、殺人バックドロップの前に轟沈したのだ。
 開幕戦の小橋vs田上戦も30分時間切れとなっており、実力伯仲で行われているこのリーグ戦は序盤から混迷ムードだった。
 その中で川田はカード運にも恵まれ、開幕戦はやや実力で劣るパトリオットと対戦した。早めの仕掛けで勝負に出た川田は、パトリオットの猛追をしっかりと防ぎ、最後は動きを読んでドンピシャのタイミングで腕ひしぎに捕獲。うまさを感じさせた勝利で幸先の良いスタートを切った。
 だが、その先には悪夢が待ちかまえていた。パートナーである田上との対戦は死力を尽くした引き分けとなると、前年にベストバウト級の戦いをやってのけたオブライトとの戦いでは、必殺のフルネルソンスープレックスを喰らってしまい、リベンジを果たされてしまう。川田だけでなく、どの選手も苦闘を強いられ、シリーズ前の予想通り潰し合いの様相を呈してきた。
 四天王とハンセン、ウィリアムスに優勝の可能性がある形で終盤戦へ。川田はハンセンと引き分け、ウィリアムス戦では敗北。さらに、宮城大会では三沢と対戦するも、これも引き分けとなり、優勝戦線から大きく後退した。
 その中でノーマークだった田上が急浮上。欠場明けにも関わらず、凄まじい勢いで優勝戦まで勝ち残ったウィリアムスと対戦し、豪快なノド輪落としで激勝。初優勝の栄冠と共に、三冠挑戦権をもぎ取った。
 続く『スーパー・パワーシリーズ』の主役は田上。秋山が三沢とのコンビで世界タッグ王座挑戦を決めれば、小橋が超世代軍から距離を取り始めるなど、混沌とした雰囲気が漂う中、川田はオブライトとタッグを組んでみたものの、気合いが入らず「何か新しいものが欲しい」とこばすようになっており、その後はコメントすら出さない日が続くことになる。
 中盤戦の山場となる札幌中島体育センター2連戦。まず初日に行われたのが川田&田上vs三沢&秋山の世界タッグ戦。勝負を分けたのはモチベーションの差だった。世界タッグ初挑戦を果たした秋山は、川田の激しい攻めを潜り抜け、エクスプロイダー→串刺しニー→エクスプロイダーという怒濤のラッシュで川田からピンフォールを奪取。精神的に悶々としていた川田は若さという勢いに飲まれる形となってしまった。
 2日目には川田は小橋との次期三冠挑戦者決定戦が組まれていた。ジャンピングハイキックでまさかの秒殺勝利を挙げたかに見えた川田だったが、小橋の足がロープにかかっていたため無効となり、すぐさま再戦へ。ここでもジャンピングハイキックで勝利した川田。心の中には再び三沢戦に向けての情熱が灯ろうとしていたのかもしれない。
 だが、この日のメインイベントでベルトが移動してしまう。チャンカーで優勝後、絶好調を保って三冠王座に挑んだ田上が、三沢が馬場からピンフォールを奪った秘密兵器・ダイビングネックブリーカードロップをノド輪落としで切り返すという荒技で勝利。川田よりも一足先に三沢越えを果たしたのだ。
 そして最終戦となる武道館大会では田上と川田の三冠戦が組まれた。この時点での勢いを見比べれば、どうなるか結果は明らかだったかもしれない。田上は初防衛に成功。川田はかつてのライバルであった田上との三冠戦を武道館で出来たことに満足した様子だったが、結果がまったく出せない状況を憂い“新しい戦い”への渇望を吐露した。田上とのコンビ解消も現実味を帯びてきたが、かといってオブライトとのタッグにも気乗りしない。
 全日本の外に目を向けると、新日本、WAR、Uインターが全面対抗戦でぶつかっていた。ジュニアヘビーはスカイダイビングJを成功させ、8冠統一戦が浮上、田村潔司がリングスに移籍し、猪木が平和の祭典を開催……凄まじいうねりが生まれつつあった。
 そして、その流れを読んだ川田が鎖国していた全日本の体制を打ち破るべく、大きな動きに打って出る。




<<Back  Next>>
コラムバックナンバー一覧トップ
(C)辰巳出版