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第15回 三沢と川田と当時の僕(12)

 1996年9月11日、川田利明はUインターのマットに上がった。神宮球場の内野席後方でこの試合を見守った当時の僕は、川田が野外会場、しかも大きなスタジアムでの試合に出場していることに何とも言えない違和感と、それ以上の期待感を感じずにはいられなかった。
 ゴングが鳴ると、まずは屈伸をする川田。場内はどよめきに包まれる。全日本ファンとして会場にいた僕からすると、川田はかなり緊張しているように見えたが、反対の高山がどんな雰囲気だったか、実はまったく覚えていない。僕自身も緊張していて、そこまで確認する余裕がなかったのだ。この試合は未だにビデオ化もされておらず、確かめる術はないが、川田以上に悲壮感を背負っていたのかもしれない。
 川田の仕掛けた打撃戦に応じた高山は、Uインターのみならず、新日本やWARマットで学んできた技術と気迫を遺憾なく発揮し、川田を攻め立てた。客観的に試合を見られなかった僕としては物凄いピンチの連続だったような記憶があるが、改めて当時の専門誌を読んでみると、川田の表情には余裕が感じられる。高山のジャーマンを食らってもすぐに立ち上がった川田は、逆にバックドロップで投げ飛ばすと、ジャンピングハイキックの乱れ打ちでキッチリと3カウントを奪った。
 この大会には天龍、橋本、健介、初代タイガーマスクなどが参戦。オールスター戦のような雰囲気に包まれていた。好勝負が続き、メインイベントで行われた高田vs天龍の一戦はこの年のベストバウトを受賞している。その中で、話題面でも内容面でも結果を残した川田は、レスラーとしてまた一歩大きくなったように見えた。
 そして、この試合によって、川田がこれまで三沢を追いかけてきたのと同じように、高山が川田を追いかけるドラマもスタートする。
 神宮決戦を終えた川田には全日本マットに戻っても大きな戦いが待ちかまえていた。それは小橋との三冠戦だった。
 開幕戦でいきなり6人タッグながら秋山からピンフォール勝ちを奪った川田は、小橋戦の先に三沢戦まで見据えていることを告白している。これも気持ちが充実していた証拠だろう。
 オブライトへのリベンジに成功し、小橋との三冠戦に駒を進めた川田。前年の1月には川田が王者という逆の立場で2人は三冠戦を争い、60分時間切れに終わっている。そしてこの日も互いの意地が最後まで折れることなく、引き分けとなった。
 結果が出ず、60分時間切れ引き分けというダメージだけが残ってしまった川田は、再び鬱積した想いを抱えるようになった。サブゥーや藤原喜明、ドン荒川の全日本参戦、そして馳浩の全日本入団…着実に門戸を開放していく中で、川田がどんな立ち位置を取るのか。ファンもそこに注目していた。
 この年の最強タッグは2回対戦方式という過酷なリーグ戦だった。小橋&パトリオット、ハンセン&大森組に敗れ、苦しいスタートとなった川田&田上組は、三沢&秋山組にも敗北。後がない状況に追い込まれたが、2巡目で盛り返し、三沢&秋山との優勝者決定戦に進出。田上が秋山を奈落喉輪で戦闘不能に追い込むと、2人がかりで三沢を圧倒し、最後はパワーボムの連発で三沢からピンフォール勝ちを奪った。1年半前の世界タッグ戦以来、2度目の三沢からの勝利、ましてや川田&田上組として初の最強タッグ制覇となるだけに、川田の表情も晴れやかだった。
 三沢との戦いは永遠のテーマだが、この時期の川田はそればかりに固執しなくなったことで、逆に様々な刺激を呼び込むようになっていた。事実、92年の対決以降初めてこの年には三沢vs川田という図式で三冠戦は行われていない。しかし、97年、再び2人はベルトを懸けて対戦することになる。




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