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第4回 初心

 私事で恐縮だが、ちょうど1週間前に29歳の誕生日を迎えた(ちなみに誰からもプレゼントはもらっていません…。嗚呼、寂しき記者生活…涙)。誕生日だけではないけれど、新年とか、新生活とか、何かしらの区切りを迎えた時、個人的に“初心”を見つめ直すようにしている。
 僕にとっての初心。もう少し具体的に言うなら、僕という半人前記者の初心。それは沢木耕太郎の『敗れざる者たち』という文庫本だ。
 タイトルからも分かる通り、この本はスポーツにおける敗者について書かれたノンフィクションだ。ボクシング、プロ野球、マラソン、サラブレッド……。様々な競技に身を置きながら、“終えること”ができない人たちを沢木耕太郎が同時代人として追っていく熱い話である。
 あれは高校2年の頃だっただろうか。この本に出会った時、僕は強烈に「こんな本を書いてみたい」と思った。それがプロレス記者になりたいという気持ちの最初の萌芽だったのだと思う。
『敗れざる者たち』の根底に流れているテーマを説明するならば、「なにかを手にするということは、同時になにかを失うことだ」「なにかが欠けている人は、言い方を変えれば、違う何かを持っている」なんていうことになるだろう。今、僕が取材してみたいレスラーを挙げると、三冠を失った鈴木みのるや、もがいて苦しんでいる橋誠や、世の中から評価されて戸惑っているように見えるマッスル坂井だったりするのも、この本の影響であることは間違いない。
 29歳という節目を迎え、この本を久しぶりに読んでみたが、「やっぱり面白い」と思った反面、「自分だったらこういう話の展開にはしないだろう」「こういう書き方は選ばないだろう」なんて感じるようになったのは、おこがましいことなのは間違いないにせよ、記者として積み重ねてきたものがあるんだなと自分なりに嬉しかった。
 もう1つの初心。これは以前書いたことがあるような気がするが、後楽園ホールでバイトをしていたということだ。
 僕は高校を卒業してから数年間、後楽園ホールのアルバイトとして生活していた。かつてNOAHのイベントを取材した際、丸藤正道に「この男は後楽園でイス並べをしていたんですよ」と暴露されて赤面した記憶があるけれど、実際に今でもパイプイスを並べることができる。それどころかボクシングやキックボクシングのリングも作っていたし、ボクシンググローブの管理なんてこともやっていた。
 ファンでもないし、関係者でもない、そんな微妙な立場で、年間300以上の興行(女子プロレスやボクシング、総合含む)に関わることができたのは、僕の立ち位置を決めることにも意味のあることだった。
 例えば僕はボクシング世界王者・内藤大助の四回戦ボーイ時代を知っているし、それこそ丸藤の練習生時代も知っている。ぶっちゃけた話、沢山の試合を見過ぎて、今や何が何だか分からないぐらい曖昧な記憶になってしまっているけれど、そういう経験が今の僕につながっているのだから、立派な初心なんだと思う。
 最後の1つ。これはやはり『格闘魂』という今はなき携帯サイトになるだろう。今振り返っても、僕の人生の中で一番肉体的にも精神的にもきつい時期だった。いきなり現場に放り込まれ、無我夢中で突っ走っていたけれど、手の抜き方が分からなくて、毎日毎日凄まじい長文の試合速報を書いていた。NOAHのドーム大会が終わり、改めて自分の書いた速報&コメント文を確認したら、合計2万字を越えていた、なんてこともある。今になれば、「ユーザーの皆さん、長い文章を読ませてすいませんでした」と謝りたい気持ちでいっぱいだけれど、それが良かったと言ってくれる人もいるのだから難しいものだ。
 いきなり放り込まれた分、僕はやりたいように取材をさせてもらった。NOAH最初のドーム大会のメイン、小橋vs秋山戦の直前企画として、2人に近い選手の連続インタビュー企画をやったこともあるし、僕が『KENTA試練の7番勝負』について秋山に質問したことがきっかけに2人の因縁が爆発したこともあった。普通なら半人前の記者ではさせてもらえないことを沢山経験できたのは僕の財産だと思っている。
 あの頃はそれこそ“速報マシーン”になったように、目の前で起きたことを何も考えずに記事にしていた。それに比べれば、今はじっくりと考えながら、自分が感じたことを書ける立場になった。
 これまで自分が書いてきたコラムやインタビューの原稿はほとんど手元に残っていない。合計すればそれこそ100本ぐらいのコラムを担当してきたけれど、何度も同じことを書いてきたような気がする。ミクシィなんかで書いた文章も合わせると、どこでどんなことを書いたのか記憶がメチャクチャになっているので、今後はそんなことのないように、細心の注意を払っていきたいものだ。
 なんだかとりとめのない文章になってしまったけれど、とにもかくにもいい30歳を迎えるべく、初心を忘れずにもっともっとまい進していきたい。何度かプロレス記者生活を辞めようかとも思ってきたけれど、学生時代の夢が叶ったのだから、いつか自分が納得できる作品を残してみたいなと密かに考えている。初志貫徹するどころじゃなく、そのむこうがわまでいけるように、まだまだ修行の日々、自分探しの日々を重ねていくしかない。




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