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第8回 知ったかぶり

 スポーツ新聞には朝刊紙と夕刊紙がある。なぜ夕刊紙に飛ばし記事や独自ネタが多いのかというと、同じ会見や試合をそのまま載せても、朝刊紙の後追いになってしまうからだ。だからこそ強引にでも着眼点や切り口を変えて、まったく違うニュースを作り出す。うまく行けば、翌日の朝刊紙に後追いさせることだって可能になる。
 週刊誌と月刊誌にも同じように違いがある。週刊誌が追っているタイムリーな話題も、月刊誌が発売される頃はもう賞味期限が切れてしまっている可能性もある。Gスピリッツにも試合レポートを増やして欲しいという意見が少なからず寄せられているが、写真が良かったり、話題性が大きかったりしても、ニュースとして古くなってしまっているものはどうしても載せにくくなってしまうのだ。
 だから、Gスピリッツの試合レポートは必ず違う着眼点で書くように意識的に作られている。僕が創刊号で担当したエルドラドの記事も、週刊誌ならユニットの抗争が話題の中心になるのだけれど、試合から数週間経ってしまった場合、リング上の動きがさらに進んで、まったく違う状況になってしまっている可能性もある。そこで、僕は丸藤正道vsディック東郷という切り口で記事を制作した。第2号の森嶋猛の記事も普通ならトーナメントで優勝した丸藤の記事にするべきなのだけれど、雑誌が発売する頃にはもう挑戦権を得た丸藤が三沢光晴に挑戦してしまった後になっていたので、あえて敗れた森嶋にスポットを当てたのだ。
 そういう書き方は難しいと言えば難しいし、大変と言えば大変なのだけれど、逆に言えば、リング上の流れを無視して、自分が感じたことそのままに記事を作れるというのはとても贅沢なことだと思う。
 そんな形で第3号で僕はドラゴンゲートの記事を担当した。僕が興味を持ったのは世代闘争。新世代のニュー・ハザード、それを受け止めるCIMAたち。どちらも20代という特殊な形で展開されている世代間の争いをテーマに記事を書いた。
 詳しい内容は10月7日発売の第3号を読んでもらうとして、その取材を前に僕は言いようのない緊張を感じていた。ただ単に人見知りで、初めて取材する選手がいたからというのもあるが、一番大きかったのが“この半年のことをよく知らない”という部分だった。
 闘龍門時代はそれなりに試合を見ていたが、記者になった初期(格闘魂所属時)は一度もドラゴンゲートを取材をしていなかった。モバイルゴングではドラゴンゲート担当のような形になっていたが、今年の春に閉鎖されてから約半年間はまったく会場に行っていない。もちろん新聞やインターネット、雑誌等で最低限の知識は身につけているが、あくまでもそれは予備知識で実情は掴めていない状況だった。
 完全に会社から籍が無くなった時期がちょうどニュー・ハザードが結成された時期と重なる。つまり世代闘争を書こうとしているのに、実際に世代闘争の現場をまったくと言っていいほど見ていないのだ。ニュー・ハザードの中心選手となる鷹木信悟の試合も実は数回しか見たことがない。そんな状況での取材だっただけに、余計に緊張していたのだ(取材自体はどの選手にも快く応じていただきました)。
 だから、記事を書く際に一番気をつけたのが、知ったかぶりをしないこと。なるべく半年間のことは選手の言葉でつなぐように心がけた。
 こんな考え方が正しいのかは分からない。読者の立場からするとまったくどうでもいいことかもしれない。だが、僕自身が他の記者(プロレス以外も含む)が書いた記事を読んでいて最近一番気になるのが“これは本人が実際に感じた感覚ではないのではないか?”という部分なのだ。
 以前にも書いたことがあるが、丸藤やKENTAたちに「四天王プロレスを超えたいですか?」と質問する場面に何度も遭遇したことがある。しかし、じゃあ、そういう質問をしている記者が四天王時代のことを知っているかと言えば、ほとんどの場合はNO。要はなんとなく漠然と四天王プロレスという言葉を使っているのだ。
 他にも自分が見たことのない、自分の知識や感想ではないことを、さも詳しいように書いていることがある。それを文章を書く上でのテクニックとしている部分もあるだろう。それこそ記事としてはそうやって断言した方がいいのかもしれない。細かいニュアンスをごちゃごちゃと書いていたら、それこそ記者失格だ。専門誌の記者が自ら知識がないことをひけらかすのは、ある意味自殺行為でもある。ただ、自分自身の内から出てきたのではない、見せかけの言葉では、最終的に読者になにも届かないんじゃないかとも思うのだ。
 例えばGスピリッツ第2号にあった長州力インタビュー。座談会の形式だったが、小佐野記者や清水編集長は「当時の長州力の試合はつまらなかった」と語っている。もしこの言葉を僕が口にしても、まったく説得力がない。長年プロレスを見続け、取材してきたからこそ言える言葉であり、だからこそ長州自身にも、そして読者にもその言葉の意味が届くのではないかと思う。僕が四天王プロレスのことやNOAHのことをよく書いているのも、僕が“知っている”と胸を張って言えるからこそだ。
 まあ、かく言う僕も一度も知ったかぶりをしたこと無いなんてことは言えず、それどころか結構そんな記事を書いてきた。でも、せっかく自分の感性で記事を書ける立場になったのだから、今後は分からないことは分からないとハッキリ言って、自分の感じたことをそのまま選手にぶつけ、等身大の記事を書いていけたらなと思っている。




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