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第14回 12月2日、日本武道館(上)

 九段下の駅を降り、プロレスファンと同じように日本武道館に向かって坂道を上がっていくと、なんとも言えない気持ちになった。どう表現すればいいんだろう。そんなことを考えながら武道館に足を踏み入れた。その瞬間、僕の胸に込み上げてきたのは“懐かしさ”だった。
 入り口で受付を済ませ、1階の裏手にある記者ブースに荷物を置くと、僕は一息つく前に、急いでアリーナに出た。試合開始まであと15分ほど。まだ空席が目立つが、今日は指定席が完売しているのだから、観客の入りを心配する必要はない。目をこらしてみると、武道館の最上段にある立見エリアに沢山の観客が見える。ここでも、僕は懐かしさを感じずにはいられなかった。天井を見上げると日の丸が掲げられている。昔の全日本プロレス中継はよくこの日の丸を映す映像から始まっていた。
 僕が初めてプロレスを生で観戦したのが、93年2月28日。場所はこの日本武道館だった。席は最上段の立見席。中学校の友人8人で来た武道館を予想以上に大きく感じたのが印象に残っている。異常にテンションが上がっていた僕は、第1試合から声を張り上げて応援し、休憩前のファミリー軍団vs悪役商会が終わった時点で既に声がかれていた。
 あの時、ダニー・スパイビーに勝利し、タイトル戦線に向け大きな一歩を踏み出した小橋健太(当時)の姿を今でも思い出すことができる。ガラガラ声でも飽きることなく声援を送っていた僕は、その姿に自分を重ね、なにを相手に、どういう方法で戦うのかさっぱり分からなかったが、とりあえずなにかに勝てるような気がしていた。
 あれから5390日もの時間が過ぎた。改めて数えてみると途方もない数字だ。当時は予想もしていなかったが、今、僕はプロレス記者という仕事をしている。武道館のテッペンから見下ろすのではなく、アリーナからテッペンを見上げる立場になった。Gスピリッツが創刊される前に久々に武道館の2階席から試合を観戦したが、昔よりも武道館が小さく感じるようになっていてビックリした。
 もちろん小橋にも同じように途方もない時間が過ぎているはずだが、あの日と変わらず、熱い試合を繰り広げているということは本当に、本当に物凄いことだと思う。
 僕はそんな物思いにふけりながら試合が始まるのを待っていたが、武道館にいた超満員の観客の中にも同じように昔を思い出していたファンが多かったのではないだろうか?第1試合から巻き起こった歓声やどよめきを聞いて、そんな風に感じた。僕がプロレスを見始めた頃の雰囲気とそれほど似ていたのだ。

「今回の武道館はメインとセミだけが注目で、他のカードには力を入れていない。なんでもっといいカードを組まないんだろうか?」

 そんな意見を耳にしたが、僕は逆にそこがいいんじゃないかと思う。因縁や抗争があれば盛り上がるが、突き詰めていけばそういう前提が無くても観客の気持ちを掴んで離さないのがプロレスだ。なんてことはないカードに面白さを見いだすのもプロレスを見る楽しみのひとつだし、選手としてもその日その日に与えられたカードからテーマを見いだすのは必要なこと。とっさに出した選手の感情を観客が感じ取って、それに反応して声援を送る。そんなキャッチボールが熱や興奮を生んでいくのだ。今回の武道館にはそういう雰囲気が試合開始前から充満していた。
 潮崎や多聞が特にテーマがあるわけでもないカードに出てきても、この大会にどれだけ思い入れを持って臨んでいるのかが分かった。大きな因縁があったわけでもないのに、いきなり小川に突っかかっていったKENTAも、自分なりになにかを表現したかったのだろう。そういう選手たちの気持ちがリング上で発揮され、観客にしっかり伝わったからこそ、メインの爆発的な盛り上がりにつながったのだ。無理矢理作り上げたり、強引に引き出された感情ではなく、自然な熱狂がこの日のリングにはあった。
 今、世の中にはいろんなプロレスがある。エンターテイメントに特化したものもあるし、マイクアピールも当たり前になってきた。業界全体で見ても、大きな振り幅を持つようにもなってきている。前座からメインまで全て抗争など定義付けがなされていることも多い。それはそれで悪いことじゃないし、それぞれのリングにはちゃんと魅力がある。「あんなのはプロレスじゃない」なんて言う気もないし、僕自身が見ても素直に面白いと感じるのがほとんどだ。
 だが、僕の心に刻まれている“プロレスってこういうもんだ”という絶対的なプロレスは、この日、日本武道館で行われたようなプロレスだ。もちろんメインに限定するのではなく、全体を通した意味で。ちょっと前にも書いたが、“世の中を相手にする”とか、“世間に伝わらなきゃ意味がない”とか、そんなことは本当にどうでもいい。僕はこういう戦いを見てプロレスを好きになり、こういう戦いを見たくて会場に通い、こういう戦いを誰かに伝えたくてプロレス記者になった。そんな気持ちを思い返さずにはいられなかった。だから“懐かしい”と感じたのだろう。僕は特別なものを見たのではなくて、プロレス本来の魅力が詰まった大会を見たんだと思っている。
(次週に続く)




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