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第16回 プロレス大賞

 先日『2007年プロレス大賞』が発表された。その選考結果について賛否両論(特に否)の意見を耳にする。そこで、今回は僕なりにプロレス大賞について考えてみたい。
 ネット上では「既に形骸化している」なんていう辛口な指摘も見られているが、今現在のプロレスを強引にでも1つの括りで見るということ自体に無理があるのは事実だろう。
 僕はGスピリッツ誌面の日程ページを担当しているが、だいたいコンスタントに毎月100〜150の興行がある。ちゃんと数えたわけではないが、年間でトータルすると、メジャー、インディー、女子全てを合わせれば1500〜2000興行近くの大会が全国各地で行われていることになる。
 首都圏に興行が集中し、全国へのアクセス方法も多様化しているとは言え、全ての試合を観戦することは物理的に不可能だ。記者の中で一番会場に足を運んでいるであろうモバイル系記者であっても、MAXで200興行ぐらいが限界だろう。もちろん熱狂的なプロレスファンでもその数を越している人はほぼ皆無に等しいはずだ。
 つまり、日本で一番プロレスの試合を生観戦している人でも、全体的に見れば1割程度の試合しか生で見ることが出来ないのだ。そんな条件下で突き詰めて考えていけば、記者だけでなくファンや関係者でも、全ての人が客観的に見て正しいと断言できるMVPやベストバウトを選ぶことは絶対に不可能なことだと思う。
 ましてやマスコミには『話題性』という大事な要素がある。以前にもコラムで書いたことがあるが、例えばスポーツ新聞のプロレス記事は、プロレスファンに喜ばれることを目的にして書かれたものではない。もちろんそういう要素がゼロではないが、プロレスファンだけを対象にしたスポーツ新聞が今現在の厳しい新聞業界で生き残っていけるはずはなく、基本的にはプロ野球やサッカー、競馬、芸能などに興味を持っている一般的な購買層に伝わる記事を書くことが中心になる。総合で負けっぱなしの曙がなぜか大きく扱われたり、「○○発のチョップが火を噴いた」「○連続防衛達成」「失神」「逃亡」「○○葬」なんて見出しばかりが目につくのも、そういう言葉でないと一般層には伝わらないからだ。
 それを前提にして話を進めてみよう。そうなると、取材する際にも「試合内容が素晴らしい大会」ではなく「話題性がある大会」を選ぶことが増えてくる。こういう商業的な考え方はもちろん専門誌にも存在する。生々しい言い方をすれば、本を売って金を儲けるために作っているのだから、マニアだろうと、一見さんであろうと、一人でも多くの人間に評価され、買ってもらえるものを作らなければいけないのだ。
「なんであの試合・選手がプロレス大賞の投票対象にすら選ばれないんだ?」という意見はファンからすればもっともなことだと思うが、マスコミ的に反論すると「それじゃ記事にならない」ということになる。
 そして、もう一歩話を進めるならば、『プロレス大賞』というもの自体、商業的なものなのだ。プロレス大賞の結果発表、授賞式は全てのマスコミにとって取材対象になる。というか、取材しなければいけないほぼ強制的なイベントになる。そうなると、“記事として栄え、プロレスに興味のない一般層にも響く人選にしなければ…”という考え方を持つようになる。この賞はあくまでプロレスファンが選ぶのではなく、プロレスマスコミが選ぶ賞なのだ。
 そんな考え方を理解した上で今回だけではなく、過去の結果を眺めて欲しい。例えば僕が生涯のベストバウトに挙げている三沢vs川田は一度もベストバウトに選ばれていない。僕がファンの時はなぜだかまったく理解できなかったが、要は『話題性』という要素が重要な意味を持っているのだ。三沢vs川田は名勝負ではあるが、話題性では対抗戦などには叶わなかったのだ。
「だからマスコミは駄目なんだよ」と思う人も多いだろう。だが、「100人しか見ていないが観客全員涙を流すほどの名勝負(ノーTV)」と「1万人が見たありがちな好勝負(地上波放送)」では、「1万人が見た〜」の方が多くの人に届き、多くの心を揺さぶったという部分においては、ベストバウトの価値がある――そんな意見は、観客という要素が強く関わるプロレスにとって“あり”な考え方ではないだろうか。
 まあ、ちょっと強引に現在のプロレス大賞を是とする意見を書いてみたが、選考委員が全体的に勉強不足だという部分は否定できない。それこそ「年間100大会以上に取材に行っていなければならない」なんていう条件を付けた方がいいのかもしれない。
 しかし、「じゃあ、ファン投票にすればいいんじゃないか?」というわけにもいかない。今の世の中から見て、誰がMVPに選出されようとも「組織票だ」「裏工作があった」なんて言われてしまうだろう。100回試合を見た人と1回も会場に行っていない人が同じ1票を持つなら、選挙さながらの『1票の格差』だって生まれる。
 最終的には自分の心の中でベストバウトやMVPだと言い切れる確かなものがあればいいわけで、それ以外は他人が勝手に決めたことだと割り切って、一歩引いた目で見ておけばいいんじゃないだろうか。自分自身が感動した試合や選手はどんなことがあっても嘘は付かないし、裏切らない。まあ、こんなことを言っちゃったら、元も子もない気がするが…。




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