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【12月10日〜12月16日】
『アントニオ猪木を、上階へと呼び出した人物』(1963年12月15日)

 ある時、ある場所の、プロレス団体の合宿所を覗いてみよう。
 年の暮れだ。さぞ、喧騒極まりない…かと思いきや、暇そうに、男が1人でポツンと座っている。どうやらタイミング悪く、留守番をしているところに出くわしたらしい。男はと言えば、ことさら体格が良い。彼もきっと、プロレスラーなのだろう。
 と、男が顔を上げた。ん?特徴のあるアゴ…。それは、我々にとってすっかりお馴染み、アントニオ猪木であった。
 しかし、何だって、猪木ともあろうものが、留守番なんてしているのだろう。
 電話が鳴った。猪木が飛びつく。内線電話だった。
「今、お前1人か?」
「ハイ」直立不動で猪木が答える。
「じゃあ、、上がって来い」電話の声は、そう、猪木に“指示”した。
 時は、昭和38年12月8日。場所は日本プロレス合宿所。その上は、高級マンションだ。そこに住む、電話の相手は、力道山だった。

 日本プロレスの父として名高い力道山だが、長くその付け人を務めた猪木にとっては、「何度も殺してやろうと思った(笑)」と言うほど、いい思い出はなかった。「戦後ニッポンの、最大のヒーロー」と言えば、聞こえはいい。だが、手放しの賞賛は、「NO」という人間を周りに減じ、その本人を狂わせる。そう、少し離れた目で見れば、「力道、また暴れる」と、一般紙紙面を幾度にも渡り飾っていたほど、当時の力道山の狼藉は、度を越していた。
 最も近き場所にいる付け人に、その横暴が更に強く向けられたのは言うまでもない。

「おい、アゴ!」
と言うが否や、力道山の手元にあった滑らかな棒が猪木の頬を捉える。靴ベラで殴られたのだ。それも大勢のファンの見ている前で。それまでも、何度も殴られた。蹴られた。灰皿を割れるほどぶつけられた。だが、この時ほど屈辱を感じたことは、猪木自身、なかったという。力道にとって見れば、衆目の中で手をあげた行為は、「プロレスラーは、畏怖の対象でもなければならない」という気持ちもあったろう。だが、猪木にとっては、大袈裟でなく、自分自身の全てを否定されることだったのだ。
「何故、自分だけがこんな目に…」
 苦しいだけの付け人をしているうちに、同期入門、同日デビューだった筈の馬場(後のジャイアント馬場)は、海外修行に出発してしまい…そして、凱旋して来る。しかし、猪木の状況は、変わらない。帰国第1戦で素晴しい試合を見せた馬場に対し、「うん、お前、ようやった」と、手放しで称えた力道山を、果たして猪木は、どういった気持ちで見ていたのか…。

「おお、来たか」
 緊張の面持ちで、上階へと上がった猪木を、力道山が見やる。「最強の男」として成功した証の、豪奢かつ、まばゆいばかりの調度品も猪木を迎える。と、もう1人、猪木を迎えた人物があった。隣の力道と遜色ない、大男。その顔には、確かに見覚えがあった。

 遡ること十数年前のこと。その日も、力道山は暴れていた。岡山と香川を結ぶ連絡線の上で、泥酔してしまったのである。いつものように、その大暴れを止められる者は、いないかに思われた。
 が、居合わせた男が、甲板上の力道山の乱行を見るや、突進するではないか!
 と、目にも止まらぬ張り手一発で、完全にノックアウトしてしまった…!
 男の名は、第39代横綱、前田山英五郎と言った。

「どうだ?」力道山が、前田山に聞く。
“力道山をストリート・ファイトでKOした男”、言い変えれば、“力道山が、ストリート・ファイトでKOされた男”は、猪木を指差し、こんな風に言った。
「うん、こいつはいいな。いい顔をしてる」
 瞬間、力道山は破顔一笑し、得意げに言った。
「なあ!そうだろう?そうだろう!」
 今まで、猪木が見たことのないような、心から嬉しげな笑顔だった。
「さあ、アゴ。お前も飲め。飲め飲め」
 かって、自分を負かした男の隣で、誇らしげに、猪木に酒をすすめる力道山。自慢の息子を頼もしく見守るように、目をことさら細めていた力道山の笑顔を、猪木は今でも覚えている。

「本当に嬉しかった。(力道山)先生は、ずっと俺を見てくれてたんだなって…。それまでの苦しさが報われて、一気に消えた気がしたんだ。これからも頑張ろうって思った。本当だよ」(猪木)

 心弾み、その夜、猪木は仲間とボーリングに出かけた。だが、帰って来ると、状況は一変していた。
『力道山、酔った末のいざこざで、暴漢に刺される』
 そういえば、力道山は、ここ数月、禁酒していた筈だった。数時間前、自分にすすめたのを含め、それは本当に久しぶりの酒だったことを、猪木は思い出していた。

 手当ての甲斐なく、一週間後、力道山は逝去。44年前の、12月15日のことであった。
 最後に残した言葉は、以下のようなものだったと伝えられる。
「みんな、元気にやってるか?」
 枕元には、夫人、そして他も含め、“愛弟子”猪木の姿もあった。

 力道山が灯したプロレスの灯は、馬場、猪木が絶やさず燃やし続け、現在に至っている――(了)




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