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【12月17日〜12月23日】
『“世界最弱の男”が、涙の初勝利』(2000年12月21日・後楽園ホール)

 高山善廣、鈴木みのる、佐々木健介、天龍源一郎(以上、プロレス大賞MVP受賞経験者)、秋山準、永田裕志、川田利明、吉江豊、アジャ・コング。名を見ただけで溜息が出る、そうそうたるメンバーだが、名だたるこれらの大物全員とシングルマッチで戦った経験のあるレスラーが、一人だけいる。それも、最大手のキー局、“フジテレビ”出身のレスラーだというから、驚くじゃあないか。さて、その男の名は…。

「こんなのねえよ!ジャッジをもう一度やってくれ!」今月12日、後楽園ホールでの総合格闘技『DEEP』で、メインを判定で引き分けたある格闘家は叫んでいた。ところが、往生際が悪いと判断されたのか、客は早々と席を立ってしまう。
「こっちは引退を賭けて来たんだ!」と、それでもしつこく食い下がる彼の前で、係員がリングの撤収作業をするという、何ともシュールな光景が眼前に…。
 だが、この日の興行は、もうひとつ、きっとシュールさを感じさせるだろうカードが組まれていた。それが、“総合格闘家・滑川康仁vsストーカー市川”。そう、このストーカー市川こそ、先にあげたレスラー全員とシングルで戦ったという栄誉に輝くプロレスラーなのである。そしてその肩書きは、“世界最弱のレスラー”――。

 それは、試合を観ればわかる。往年のバラエティ番組、『オレたちひょうきん族』の人気キャラクター、“ブラックデビル”のコスプレで入場。そして実戦。ロープに飛ばされたり、攻撃される度に、「クエッ!」という鳴き声(?)をあげ、ダウンすれば、手足をヒクヒクさせる。得意技は、カンチョー攻撃だ。当然上記のレスラーたちには、短時間、いや、時には短秒(?)で、全戦全敗。各レスラーが必殺技を決めようとする寸前に、セコンドがタオルを投げるというのが、お約束になっている。ひどい(?)時になると、一日に7戦し、7敗したことも(笑)。場内には、彼のあまりにも情けない負けっぷりに、いつもながらの爆笑が起こる。
“世界最弱のレスラー”、むべなるかな。前述の総合格闘技戦でも、この対戦を要求した市川は、こう予告していた。
「バックハンド・カンチョーをやる!」
 実は現在、ドラゴンゲートの営業職も兼ねてるのだが、ブラックデビルの格好で周ることも多く、また、営業先のイベントでは、多く、腕相撲にチャレンジするのだが、こちらも素人に完敗続きだったたりする。
 こんなレスラーだから、完全なイロモノ扱い。デビューした闘龍門は、ユニット同士の抗争が主流だったのだが、市川は、特にユニットの要員にされることなく、ひとり、前座を明るい笑いでまぶしていた。
 2000年12月21日。今から7年前のこの日は、その彼が、現在までで唯一、主要なユニット抗争に巻き込まれた日である。

 試合は、M2KとクレイジーMAXの抗争の決着戦となっていた。カードは、望月享&神田裕之vsストーカー市川&TARU。負けたチームは、髪を切り、マスクマンはマスクを脱ぐという過酷ルール。しかも、クレイジー側は、当初、エースのCIMAが出場する筈だったのだが、M2K側が用意したクジ引きで、このタッグマッチのメンバーから外される。つまり、あくまで戦力的には、市川は“招かれざる客”だったのだ。
 試合開始、予想通り、市川はボロ雑巾のように扱われる。マスクを裂かれ、コスチュームは破られ…序盤で早くも虫の息。だが、セコンドからは、ある意味予期せぬ、主力たちの声援が。セコンドのCIMA、SUWA、フジイらが、必死にアドバイス。「市ちゃん!頑張れ!」「いけ!市ちゃん!」の声が飛び交う。お互い、リングでの表現方法は違えど、闘龍門草創期のメンバーとして、苦しい修行に耐え、デビューを夢見て来た仲間たちだった。市川が燃える。場外への捨て身のトペ・コンヒーロ。フライング・クロスチョップも豪快に。最後はラ・マヒストラルで奇跡の大逆転勝利!爆発する場内。大・市川コール。それは、市川にとって、プロレスラーとして、初めて味わう勝利の味だった。

 7年後、市川の対角線上には、総合格闘家の滑川。滑川は、事前の市川のお笑いモードの挑発に、「やる意味がない。今まで自分を応援してくれたファンに申し訳ないし、勝ったところで何もないから。コメント?あいつのためには、動きたくない」と、完全に不機嫌モード。だが、試合は、笑いや奇天烈さを期待していた大方を、大きく裏切った。
 全力を込めた右ストレートで滑川に立ち向かい、バックハンド・ブローを見舞う市川。何と片足タックルで、テークダウンを奪ってみせる。実は、市川は闘龍門勢の中でも、アマレスでは筋金入りの実力者だった。
 滑川の顔色が大きく変わる、左ストレートでダウンを奪い、フロントチョークで、最後は市川にタップアウト勝ち。だが、「あいつのためには動きたくない」と言っていた滑川が、おもむろにマイクを取る。
「市川選手は、正直、何もできないだろうと思ってました」
 それは、文字通り、正直な気持ちだったろう。
「だけど、ここまで出来る選手だったなんて…。バカにしてて、ごめんなさい」
 市川も返した。
「僕の挑戦を受けてくれた滑川選手の器の大きさに、感謝しています。今日は本当にありがとうございました」
 それは、ジャッジに再考を要求したメインとは真逆の、爽やかな結末だった。

「市ちゃん」の初勝利後、クレイジーMAX勢はもちろん、なんと、敵対していた正規軍も、リングに集まって来る。「市川の初勝利を記念して」の措置。正規軍の面々も、デビュー前は、市川とともに汗を流して来た仲間たちだった。
 そして、市川の音頭で、何と正規軍を含めての、クレイジーの象徴、「クレイジー・ファ●キン」ポーズ。CIMAが、マグナムが、SUWAが、TARUが、ヤッシーが、一枚の写真に収まった。もう2度と見られぬ光景。それは、世界最弱の男だからこそ持つ優しさが、成しえたことではなかったか。

 試合後、CIMAは語った。
「見たやろ、今日の試合。勝った負けたやない。人に感動やドラマを与えられるんや。市ちゃんこそ、本当のプロレスラーやで」

 市川は、今日もどこかの営業先で、腕相撲に負け、皆の笑顔を産み出している――(了)。




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