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第27回 歌うたいのバラッド(上)

※今回はNOAH3・2日本武道館大会について書きたいと思いますが、触れたい話題が沢山あったので、テーマ別に分けてお届けします。

【森嶋猛】
 前回のコラムで書いたように、ひとつの結論が出た。当日解説を務めた秋山準が、自身のブログで「新しい時代の始まりを感じると共に、あの強かった三沢光晴が負けた現実に少しの寂しさを感じた」と書いていたが、まさしく“始まりと終わり”を感じさせる戦いだったと思う。
 森嶋にとっては3度目の正直。悲壮なほどの決意と覚悟を持っていたはずだが、それに押し潰されることなく、爆発しそうな部分もグッと押さえ、自分の精神をしっかりとコントロールしていたようにみえた。
 僕が評価したいのは、森嶋が三沢に投げさせることを許さなかった部分(雪崩式&断崖式は除く)。森嶋は巨体ながらも、全日本系のレスラーの長所である“受け身”に自信を持っており、他のレスラーと同じように無理に踏ん張らず、ちゃんと投げられることによってダメージを最小限に抑えることができるレスラーだが、今回は三沢がバックに回ろうと、エメラルドフロウジョンを狙おうと、抱え上げるを許さず、“投げられない”ということに重きを置いている印象を受けた。
 巨体なのにちゃんと受け身を取れるということは長所ではあるが、強さを全面に押し出す上では欠点にもなりかねない。タイトルマッチという重要な戦いでそこを貫いたのは、森嶋の決意の表れなのだろう。
 試合を通じて森嶋は三沢のエルボーを受けに受けた。避けるような戦い方を選択することもできたはずだが、ガードせずに三沢の各種エルボーを受けきった。中盤戦で展開されたエルボーとラリアットの打ち合いや、三沢がエルボーを乱射した場面でも決して引かなかったのは、「これを乗り越えなければベルトなんて巻けない」という意地があったのだと思う。寡黙な印象がある森嶋が、三沢のエルボーを10連続以上食らっても倒れず、逆にバックドロップで投げ飛ばして咆哮したシーンを見た時、森嶋の気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
 森嶋は昨年の海外遠征で変わったというのは事実だが、そこでブレイクしたという表現は正しくない。6年も前に力皇とのコンビでGHCタッグ王座を戴冠。高山&大森、ベイダー&スコーピオ、中西&吉江、秋山&彰俊、三沢&佐野というビッグネームを次々と撃破しているし、その半分では直接ピンフォールを奪っている。ましてや当時の森嶋は、力皇との役割分担まで意識し、一歩引いた形で試合を組み立てていたという話を聞いたことがある。そこまでの実績と意識があったのだから、既にブレイクはしていたのだ。
 ただ、森嶋の中には常に「俺にだって出来る」という苛立ちにも似た強烈な自我があったし、フィジカル面やセンスという部分でも秀でたものがあったが、それをどう表現していけばいいのか分からないでいたし、観客もそんな森嶋をどう扱っていいのか分からないでいた。そういう微妙なバランスが、ヒザの負傷から復帰した2005年以降の苦闘によって修正され、時間をかけて合致したんじゃないかと僕は思う。
 だから、森嶋にとっては今はブレイク後ではない。逆に言うなら、王者として、もう1つ上の段階のレスラーを目指す立場として、今はブレイク前じゃなければいけない。他団体の同年代が苦しんだように、そして、力皇や丸藤が苦しんだように、これからの森嶋に対する重圧は想像を絶するものがあるだろう。もしかしたらすぐに弱気な部分が顔を出してしまうかもしれない。ただ、試合後のコメントで、“絶対王者”として13度の防衛を果たした小橋建太に対する強烈なライバル心を垣間見せた時、森嶋は僕が思っている以上に高い位置を目指していることが理解できたし、だからこそ期待できるんじゃないかと思った。
 
【三沢光晴】
 今だからこそ言えることなのかもしれないが、僕は以前に「三沢光晴は終わったんだな」と思った時がある。それは3年前の9月に当時のGHCヘビー級王者である力皇猛に挑んだ試合だ。
 あの日、三沢はまったくいいところがなく、力皇の圧倒的なパワーと勢いの前に押し潰される形となった。一番僕にとってショックだったのが、三沢から気持ちを感じられなかったこと。三沢には華麗な空中殺法や鋭いエルボーがあるが、それもこれも気持ちが入っていればこそ。なのに、挑戦者という立場なのに関わらず、その日の三沢から立ちこめるような覇気の欠片すらも感じられず、淡々と試合をしているように思えた。「ああ、今日で三沢光晴という希有なレスラーがシングルのベルト戦線から撤退してしまうのだろうな。淋しいけど仕方ないことなんだよな」と自らを納得させるように思いこもうとしていたのを今でも覚えている。それは、アンチとはいえ三沢光晴を追っかけてきた僕にとってはとても淋しいことだった。
 しかし、三沢光晴はそのまま終わることはなかった。2006年12月に今度は丸藤正道の前に立つことになる。この時も丸藤有利という声は少なくなかったし、丸藤自身も「三沢光晴と戦うのにギリギリで間に合った」という言い回しで置かれている関係性を表現をしていた。
 だが、その試合で三沢は勝利し、GHCヘビー級のベルトを巻くことになる。“どうしてもベルトを取りたい”とか、“1日でも長くベルトを守りたい”とか、そういうシンプルなモチベーションすら保てないであろう中で、三沢は勝ち続け、今回の森嶋戦を迎えた。
 三沢は森嶋を投げることが出来なかったし、昔ならエルボーで打ち勝てた場面、楽々と切り返せた場面でも苦闘を展開することになったが、それでも気持ちだけは前へ前へと向かっていた。
 結果は力皇戦と同じく、圧倒的なパワーの前に屈することになったが、最後まで決して心を折ることはなかった。試合後に三沢コールが巻き起こったのは、それが観客に伝わっていた証拠だろう。とても切ない場面だったが、これで三沢は「終えられる」のではないか、そんな風に思った。力皇戦では終わらず、この数年間の苦しくきつい戦いを乗り越えてきたことで、こんな風に声援を受ける形になったことは、それだけ三沢が努力してきた結果であるし、実際の試合では敗北を喫しても、見えない部分で続いていた自分との戦いでは勝利を飾れたのは、三沢光晴というレスラーの価値を証明しているんだと思う。
 もちろん、今後のことは分からない。可能性は少ないように思うが、もう一度、三沢がシングル王座を狙う時がくるのかもしれない。その時が訪れたら、三沢はやっぱりその歳なりの自分自身を目一杯見せてくれるんじゃないかと思っている。
「動けなくなった」「衰えた」「太った」そんな声も聞こえてくるが、それは三沢自身が一番分かっていることだ。それでも日本武道館大会のメインのリングに上がる、その時のプレッシャーは、それこそ新たなに王者になった森嶋が感じている重圧以上のものがあるかもしれない。それでも、三沢はポーカーフェイスでリングに上がる。かつて小橋が三沢のことを「男ではなく漢」と称していたが、そういう“漢”らしさが三沢の一番の魅力なのだ。

※次回に続きます。ちなみに『歌うたいのバラッド』は3・2武道館大会の試合終了後に場内に流れた齋藤和義さんの歌のタイトルです。他に意味はありません。

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