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第28回 歌うたいのバラッド(下)

■小橋健太&本田多聞&KENTA

 4ヵ月ぶりに小橋建太が日本武道館へ戻ってきた。復帰戦も壮絶な戦いではあったものの、まだ下半身が安定しておらず、試合勘も戻っていない感じがしたが、今回の試合では復調してきていることを印象付けた。
 聞くところによれば、今回のツアーで出場した全試合で若手時代の得意技であるテキサス・クローバーホールドを披露していたらしい。そんな心憎い演出というか、こだわりを見せつけられたということは、それだけ小橋の中でも手応えを感じてきているのだろう。
 タッグリーグ戦への出場は辞退となったが、だからと言って楽な戦いをしようとは考えていないはず。ある意味、出場チームは小橋と間接的ながらも試合内容で戦わなければいけない。いくら優勝しても、小橋に歓声が集まるようでは意味が半減してしまう。そして逆に言えば、リーグ戦に出場しなくても、小橋は歓声で勝負をすることができる。どちらにとっても、普通に対戦するより、よりハードな戦いと言えるかもしれない。
 武道館では高山との絡みに話題が集中したが、個人的にはKENTAとのタッグに注目していた。小橋がNOAHマットに不在だった間、一番意識を高く持っていたのがKENTAだったのではないかと僕は思っている。いくつかの媒体で小橋の復帰についてもコメントをしていたが、喜びや安堵の気持ちを見せつつも、かつての付き人とは思えない冷静な部分が垣間見えた。
 以前はほぼ毎試合のようにタッグを組んでいた小橋とKENTA。しかし、KENTAが独り立ちした今、それが当たり前のことではなくなった。それを一番意識していたのがKENTA自身だったかもしれない。実際にリングに立っても、すんなりと馴染むことなく、あくまでも自分のキャラクターを貫こうとしていた。
 そして、そのKENTAのオーラを最も感じ取っていたのが小橋自身だった。リング上でも何度もKENTAを称えた小橋は、バックステージでも「頼もしかった」と愛弟子を絶賛していた。しかし、それでもKENTAはポーカーフェイスを守っていた。数年前ならもっと過剰に喜び、反応していたかもしれない。そこにKENTAの精神的な成長がある。
 2人のパートナーを務めた本田多聞は今回のトリオ結成を感慨深く受け止めていた。小橋&多聞がGHCタッグ王座を保持し、小橋はさらにGHCヘビー級王座を守っていた“絶対王者”時代。まだ潮崎もデビューしていない頃、KENTAは付き人としてどんな時も2人の側にいた。いつも控え室ではこの3人で過ごすことが多かったという。
 僕がNOAHの巡業に帯同していた頃、今になって思い出せば、この3人のタッグを毎日のように見ていた。まだKENTAは研ぎ澄まされた危険なムードを身にまとっておらず、どこか頼りなさげな雰囲気だった。そんなKENTAがヘビー級を相手にしても一歩も引かず、小橋と並び立っても存在感で負けないほどに成長したことが多聞は感慨深かったのだろう。そして、遠い存在になってしまったことに一抹の寂しさを感じているようだった。
 しかし、小橋は単純に懐かしんでいただけではなかった。「相手コーナーにまわしたら厄介だなと思ったね」とKENTAを戦うべき相手として意識していたのだ。ライバル心を燃やしていたと言っても過言ではない。そして、もしかすると、この発言こそがKENTAにとってどんな言葉よりも嬉しいものだったかもしれない。


■井上雅央

 日本武道館で一際目立っていたのが井上雅央だ。力皇が復帰してから初めての武道館大会。秋山とのコンビでグローバル・タッグリーグ戦に出場することも決まっており、その2人の調子を見極めるのが試合の本来のテーマだった。
 しかし、それを根底から覆し、観客の目を引きつけたのが井上雅央だった。とにかく顔面をかきむしる!かきむしる!かきむしる!執拗な雅央の仕掛けが試合を盛り上げ、観客の反応を呼んでいた。
 笑いを起こしていることは否定しないが、単純に笑われているわけではなく、プロレスの攻防として、そして相手を揺さぶるテクニックとしても成立している。雅央はこんな通好み過ぎるスタイルに最終的に落ち着いたのではなく、元々こういうスタイルを目指し、それを貫いてきたという希有なレスラーだ。
 今はかなりスタイルとして認知されているが、少し前までは笑いばかりが先行していたし、さらにダーク・エージェントやヘルスクラブとして名前が挙がる前では、もっと目立たない位置だった。
 全日本時代にこんな印象的な出来事があった。当時、“雅央女”と呼ばれる熱狂的な井上雅央ファンが存在した。関東近県どころか地方大会まで観戦し、雅央を応援するというかなり変わった人であったが、その声援をキッカケにして、後楽園ホールで雅央が注目されることが増えてきた。当時の全日本ではそういうファンの声を取り入れることが多く、代表的な例で言えば、百田が世界ジュニア挑戦を成し遂げたことがあったが、雅央にもそんな機会が舞い込む。
 ファン感謝デーのメインイベント。川田とタッグを組み、三沢&泉田組と対戦するという抜擢を受けたのだ。これは明らかにファンの声を受けてのものだったし、バルコニーには「雅央が主役」という横断幕も掲げられた。後楽園の常連たちも熱心に激励を飛ばした。
 しかし、雅央はどこまでも雅央だった。気持ちをぶつけることができず、歓声は何度も空回りを続け、激励が叱責に、そして落胆へと変わっていく。結果的に泉田の気持ちが爆発し、完全に主役を奪われる形となってしまった。
 ただ、それでも雅央は自分のキャラクターを曲げなかった。リック・フレアーに例える意見もあるが、かつて雅央に聞いた時には、目標とするレスラーにテッド・デビアスの名前を挙げていた。フレアースタイルに近いけれど、どこか日本的なその動きを雅央はただただ続けてきた。そういう強い意志が見えるようになって、雅央にも注目が集まってきたのだと思う。雅央はあの日、気持ちを観客たちに見せることができなかったけれど、長い長い時間をかけて、自分がどんな気持ちをプロレスにぶつけているのか、それを表すことができたのだ。それは誰も真似のできないことだと思う。
 ある意味、この歳になっても雅央は成長を見せている。今後どういう戦いが待ち受けているのか分からないが、シングル戦線とは言わないまでも、GHCのタッグ戦線にまた挑んでいって欲しい。個人的には小橋&雅央組なんて組み合わせが見てみたい。




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