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第32回 一歩先へ 

 プロレス界は不況だと言われている。同時に出版界も不況だ。なのに、なぜかプロレス本が多数出版されている。
 まだレスラーの自伝や新雑誌などは理解できるけれど、なぜかプロレス記者の本が連続して発売された。果たしてなぜ「本が売れない」と叫ばれる中で、そういう本が発売されるのか?正直まったくピンと来ない。とはいえ、プロレスに関する本であることに間違いはないので、一応はできるだけ読むようにしている。
 直接関わったことのない先輩記者ばかりだし、時代も違うので、内容についてとやかく言うことはしたくない。ただ、どの本を読んでも思うのが、昔はレスラーと記者の距離は近かったんだなということだ。
 このコラムでも書いてきたように、僕は仲の良いレスラーというのはほとんどいない。個人的な資質でそうなってしまった部分もあるけれど、仲が良いからといっていい記事が書けるわけではないし、逆に足かせになるのが嫌だからという考えもある。
 今までのプロレスマスコミは、プロレス記者であれば良かった。ジャーナリストでも、ノンフィクションライターでも、ルポライターでもなく、それこそスポーツライターですらない。ただただプロレスだけさえ書ければ良かった。それだけプロレスに求心力も、人気もあったのだ。
 しかし、今やそれだけでは成り立たなくなった。インターネットも整備され、モバイルサイトが立ち上がり、雑誌を作る方法も簡素化された。情報が溢れ、プロレス記者たちは言い張ることも言い切ることも出来なくなり、偽物ではなく本物でなければ通じなくなってきている。だから、昔のプロレス記者のつらい部分も理解できるが、それ以上に楽でいいなと思う部分が沢山ある。今だったらそんな方法論はまったく通じないよと言いたくもなる。そういう意味では、プロレスマスコミも大きな変わり目に来ているのだろう。
 本物しか通じないのは、マスコミだけじゃなく、選手たちにも言えることだ。例えば大仁田厚。今のままでは昔のような求心力はまったく生まれず、せいぜい新木場レベルでしか波を起こせないだろう。それは、どんなに刺激的な言葉を言おうと、どんなに過去の実績をアピールしようとも、今現在の大仁田の試合に戦いや勝負論が生まれてこないからだ。
 それは金村キンタローにも言える。どんなに吠えようと、どんなに言葉を重ね、同じように試合を重ねていこうと、ファンはそれ以前にまったく金村が起こした問題を忘れていない。それじゃ本末転倒だ。
 例えば藤田和之にもそれは当てはまる。今やヒョードルとかシウバとかの名前を出せる立場じゃない。藤田が見せるべきなのは言葉ではなく、ちゃんとした勝利だ。それも、イージーな相手ではなく、勝負論を感じさせてくれる選手からの。闘魂の遺伝子とか野獣とかそんなキャッチフレーズも必要ない。
 ファンはそれを分かっているのに、マスコミや選手自身が遅れを取っている場合が明らかに多いような気がする。
 最近僕が驚いているのは、よく専門誌上で「バック・トゥ・ザ・○○」という言葉が並んでいることだ。
 いろんな選手が「大技に頼ってはいけない」とか「もっとシンプルなスタイルに戻すべきだ」とアピールしている。僕は今までそれは決してセンセーショナルな意見ではなく、プロレスラーたるもの常にそういうことを考え、乗り越えた上で自分のスタイルを構築しているのだと思っていた。だから、まるで凄いことを思いついたように言われ、さらにマスコミも大きく扱っているのを見ると「え?そうなの?」と思ってしまうのだ。
 ファンはとっくに今のプロレスの問題点には気付いている。今のプロレスは進化した結果だという意見もあるだろうし、同時にこのまま過激になっていっていいのかと指摘する意見もある。
 だから、マスコミや選手が提示するものは、それよりさらに進んだ意見や考えでなくてはいけない。それこそが土台から崩れつつあるプロレスを復興させることにつながっていくはずだ。




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