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第20回 いきなり最終回

 最終回と言ってもこのコラムが最終回なわけではなく、今回は僕が四天王プロレスに興味が無くなった時の話を書こうと思う。
 ここまでは三沢と川田のライバルストーリーを軸にこのコラムは書き進めてきているが、当然その物語にも終わりが存在する。全日本プロレス初となる東京ドーム大会での三冠戦がひとつのゴールでもあるし、全日本プロレスの分裂や、NOAH東京ドーム大会での再会を最終回として書くかもしれない。それと同じように、僕の中でも四天王プロレスと言われるスタイルから離れる瞬間があった。
 僕はNOAH旗揚げ2連戦をディファ有明で観戦しているが、実は3戦目のチケットは友人にあげてしまい、会場にすら行っていない。その後、格闘魂の記者となるまで、NOAHの試合を観客として観戦したことがなかったのだ。
 プロレスの試合を見過ぎてしまったというのも原因のひとつになるだろう。月に1回ぐらいの観戦回数なら継続的に刺激を感じることはできるけれど、後楽園ホールの係員として月に30興行も試合に関わるようになれば、それが仕事になってしまい、さすがに興味をキープするのも難しくなってくる。
 ただ、それと同時に、全日本マットにおける四天王プロレスというスタイルが変容していったことも、僕がプロレスから離れていった原因には含まれる。僕が感じていた微妙な変化が、現在『四天王プロレス』という言葉のニュアンスが曲折して理解されてしまう理由にも繋がってくるんじゃないかと思う。
 このコラムで僕が一番言いたいことは、『四天王プロレス=気持ちのぶつかり合い』だということだ。決して危険な技の応酬やカウント2.9のプロレスが四天王プロレスではない。三沢と川田の話を書いているのも、お互いに負けたくない、勝ちたいと思う気持ちが四天王プロレスというスタイルの真ん中にあったからだと思っているからこそ。小橋や田上、外国人選手、他の選手からもそういう生々しい感情が発せられていたから、あの独特の空間や雰囲気が生まれていたのだ。
 しかし、そんな特殊な状況が何年も続けられるわけもない。鎖国状態を続けていけば内部に不満もたまってくるし、逆にそこから他団体と交流を始めると、内部で戦っていた濃さが薄まってしまう。ジャイアント馬場という絶対的な存在の下で、様々な要因が重なって生まれたこの頃のスタイルは、少しずつであるが確実に変貌していった。
 まず、僕が感じるようになったのは、流れるような攻防が増えてきたこと。幾度となく同じ人間が戦うことによって、裏を読み合うことが増え、それが日常的になることで、攻防が複雑になっていた。もちろん悪いことではなく、どよめきを生むことも多かったのだが、僕の中ではそれによって、選手の気持ちが見えにくくなったような印象を受けた。秋山準が台頭し、小川良成が三沢のパートナーに付いた頃、そういう変化が顕著になってきた気がする。
 そして、選手たちの明確な格差、ピラミットが保てなくなったのも大きな意味を持っていた。三沢、川田、田上、小橋、そして外国人にはハンセン、ゴディ、ウィリアムス、エースたちがいて、そこに秋山、大森、高山やオブライト、バートンなどが加わり、勢力争いが展開されていたのだが、戦いがあまりにも行き過ぎてしまったために、第一線に付いていけない選手も現れ、それぞれの個性が埋没する結果となってしまった。また、四天王の力関係がほぼイコールになってしまったことが、逆に世代闘争的な意味合いを削ぐ形となり、あくまでも個人的な感覚だが、どちらを応援するとか、どっちに勝って欲しいというテーマを持てなくなってしまっていた。それは当然、選手の中にもあったのではないかと思う。
 ジャイアント馬場が亡くなり、さらに団体が分裂したことで、僕は気持ちの中に区切りを付けるようになった。自分自身の感覚では、当時のプロレスに興味を失い、一歩引いたことが、後々記者としてはプラスになったと思っている。
 NOAHのプロレスはあくまでもNOAHのものであって、四天王プロレスではない。秋山やノーフィアーが前に進み出ることで、以前のスタイルがさらに変わっていった。様々な模索が続いた中で、丸藤やKENTAらが成長し、戦いの輪に加わることで、現在のNOAHスタイルが形成されている。もちろんこれからも様々な変化を見せていくだろう。
 僕の中では、NOAHと当時の全日本は似ているようで、実は大きく違っている。進化した部分、失った部分、それぞれあるし、どちらが正しいとか、どちらが間違っているとか、言う気もないし、正直、よく分からない。
 それでも、最近プロレスのスタイルということについて考えるようになった。「大技の少ない昔のアメリカンスタイルに戻るべきだ」という意見があって当然だし、逆にドラゴンゲートのような最先端のプロレスが評価されるも頷ける。カオス状態とも言える現在のプロレス界において、大きな影響を与えた四天王プロレスというスタイルの功罪を、真剣に考える時期に来ているのかもしれない。




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