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第21回 ジュニア戦線の魅力

 四天王プロレスはマスコミからも大きな注目を集めていた。週刊プロレスでは毎号のように誰かしらのインタビューが組まれていたし、週刊ゴングや週刊ファイトでも多くのページが割かれていた。もちろん東京スポーツでも連日記事が掲載されており、現在のような他団体時代では考えられないが、シリーズの主要カードも紙面に載っていた。
 そんな全日本プロレスの中で、不遇な立場だったのが、ジュニアヘビー級の選手たちだろう。ヘビー級を見た場合、新日本や他のインディには負けないものを見せていたし、実際に人気も集めていたが、ジュニアヘビー級だけを切り取ってみると、正直、新日本とは大きな差を付けられていたと思う。
 当時の新日本は獣神サンダー・ライガー、エル・サムライ、金本浩二、大谷晋二郎、高岩竜一、ケンドー・カシンと団体内だけでも十分な戦力が集まっていた。さらに、ワイルド・ペガサス、ブラック・タイガー、ネグロ・カサスなど外国人選手やウルティモ・ドラゴン、ザ・グレート・サスケたち他団体の選手も日常的に参戦しており、『ベスト・オブ・ザ・スーパーJr』『8冠統一戦』『J−CUP』などヒット企画も生まれ、大きな人気を集めていた。
 対する全日本は圧倒的な強さを持つ渕正信が長期間ベルトを保持していたため、良くも悪くも無風状態が続いていた。日本人なら菊地毅、小川良成ぐらいの名前しか上がらず、分裂前になってからやっと浅子覚や池田大輔、垣原賢人らが浮上してくる。外国人選手に目を移しても、ダニー・クロファット、リチャード・スリンガー、ロブ・バンダム、レックス・キング、トミー・ロジャースとパンチに欠けたメンバーで、結局、開国した以降も最後まで池田や垣原などを除くと、他団体の選手が絡むことはなかったのだ。
 ただ、個人的にはこの頃の世界ジュニア戦線に強烈な印象が残っている。当時の新日本は今とは違い、ヘビー級とジュニアヘビー級が絡むことはほとんど無かったが、全日本は常に混合でタッグマッチが組まれていた。新日本はジュニアらしいスピーディで華麗な空中戦を主とするスタイルが展開されていたが、反対に全日本はヘビー級の重い攻撃を受けなければならないため、大きい選手には効果の薄い空中戦ではなく、テクニックを中心にした戦いになってくる。そこには地味ではあるけれど、テクニカルでプロレスの教科書に載るような基本に忠実なファイトがあったのだ。
 前座での小川や渕の戦いぶりを見ることによって、僕はプロレスとはどんなものなのか、じっくりと学ぶことが出来たような気がする。いつかこの時代の世界ジュニア戦をまとめたDVDを発売して欲しい。あまりにも玄人好み過ぎるかもしれないが、新たな発見が沢山あるんじゃないかと思う。




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