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第23回 三沢と川田と当時の僕(18)

 全日本プロレスが東京ドーム大会を開催する。これは業界的にも大きな事件だった。これまでドーム興行と言えば、ライバル団体である新日本の十八番。慎重な姿勢を保っていた全日本は、何度か東京ドーム興行の噂が上がることがあっても、決して無理はせずに、聖地・日本武道館を出ることはなかった。それがあの熱気を生んでいたことは事実だけれど、全日本ファンとしては“悲願”だったことに間違いない。
 日付も5月1日に内定。専門誌には早くも他団体やWWF(現WWE)との対抗戦を煽る記事が掲載された。北尾や大仁田が参戦に名乗りを上げたという報道も持ち上がった。
 東京ドーム大会を開催するという事実は、単に集客が集まり、莫大な収益を生むということにつながるだけではない。ここ数年で少しずつ変化をしてきた全日本が、真に変革するという明確な現れでもある。三冠王者だった三沢もドーム大会に向け、全日本プロレスの改革を宣言した。これがジャイアント馬場によるワンマン経営から変わっていく前兆となる。
 若手選手の成長も顕著になり、その中から完全に抜け出した秋山は2度目の三冠挑戦権をゲット。秋山の浮上は四天王時代の終わりを予感させるのに十分な出来事だった。
 新春ジャイアントシリーズ、エキサイトシリーズ、チャンピオンカーニバルとドームまで3シリーズあるのにも関わらず、必然的に話題はドームについてが中心となるが、そんな中、川田は意外にも冷静な態度を見せていた。
 噂に上がっているWWFとの交流が実現すれば、三冠挑戦も必然的にWWFの選手になる。さらに、小橋がベイダーやパトリオットとの対戦を希望しているとなれば、川田が輝ける対戦はどうしても狭まってしまう。これまで外敵との対戦を続けてきた川田だが、WWFとの選手と絡んでいるのは想像しづらい。そういう部分で無意識な反発が出てしまったのかもしれない。だが、そんな中でも川田は田上とのコンビで世界タッグ王座を奪取。雌伏の時期に充実したファイトを見せていた。




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