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第24回 三沢と川田と当時の僕(19)

 全日本初となる東京ドーム大会のテーマは“他団体との対決”だった。WWFの選手出場が内定という報道もあったし、様々な選手からの出場希望表明が続いていた。WARの解散、キングダムの分裂などの要素も絡み合い、今になって振り返ってみれば、イメージばかりが先行していたのもまた事実だろう。
 当時は一ファンだった僕にとっても団体対抗戦は禁断の果実だった。鎖国政策を引く全日本を追いかけていたとはいえ、「○○と戦ったらどうなるのか?」という疑問は幾度となく頭には浮かんでいたし、数年前からの一部開国路線によって、更なる刺激を求めていた部分もあったように思う。
 垣原賢人や邪道&外道、池田大輔&モハメド ヨネ、奥村茂雄、神風&小坪弘良などインディーマットを中心に出場を希望する声が集まると、その選手たちを査定するカードがエキサイト・シリーズで組まれることになった。最終戦の武道館ではジョニー・エースが三沢光晴に挑戦することが決定。エースにとってやっと掴んだチャンスとなるが、三沢としては難しい相手ではあるにせよ、これまでの防衛戦を考えてみれば比較的楽な相手であったと思う。そして、川田は同じく武道館大会ではハンセン&オブライト組を挑戦者に世界タッグ王座の防衛戦、さらに広島大会でまたしてもオブライトとシングルで激突することになった。
 開幕戦でいきなりハンセンのウエスタンラリアットを食らいピンフォール負けを喫するという不安の残るスタートとなったが、悪夢は続く。因縁のオブライト戦でもわずか8分で失神KOされてしまったのだ。なかなかテーマを見出しにくいカードだったとはいえ、この敗北は痛恨の一言。世界タッグ戦でオブライトにリベンジを果たしたが、どこか気持ちが乗っていないようにも見えた。
 しかし、川田は世界タッグ戦の後、2つの目標を口にする。チャンピオン・カーニバル2連覇と三冠挑戦。川田らしい微妙な言い回しだったため、真意は分からなかったけれど、川田がドームに向けて動き出そうとしていることは間違いなかった。
 ドーム大会自体も刺激的なvs外敵路線を変更し、あくまでも全日本のカラーを守る形に落ち着きそうな雰囲気になっていた。WWFとの全面対決も立ち消えとなり、藤波や天龍の参戦も見送られた。
 では、果たしてカードはいつ発表されるのか。「チャンピオン・カーニバルが終わってからだろうな」と考えていた僕の耳に衝撃的なニュースが舞い込んだ。『三沢vs川田の三冠戦が決定』と――。




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