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第25回 三沢と川田と当時の僕(20)

 全日本プロレス初となる東京ドーム大会のカードは以下の通り発表された。

▼30分1本勝負
浅子覚
vs
金丸義信
▼30分1本勝負
マウナケア・モスマン
vs
池田大輔
▼30分1本勝負
ジャンボ鶴田、ラッシャー木村、百田光雄
vs
渕正信、永源遥、菊地毅
▼30分1本勝負
本田多聞、井上雅央
vs
ヘッドハンターズA&B
▼30分1本勝負
ウルフ・ホークフィールド、ジョニー・スミス
vs
邪道、外道
▼30分1本勝負
田上明、大森隆男、小川良成
vs
グラジエーター、黒田哲広、保坂英樹
▼30分1本勝負
スティーブ・ウィリアムス、ゲーリー・オブライト
vs
高山善廣、垣原賢人
▼45分1本勝負
ジャイアント馬場、ハヤブサ、志賀賢太郎
vs
ジャイアント・キマラ、新崎人生、泉田純
▼60分1本勝負
秋山準
vs
馳浩
▼60分1本勝負
小橋健太、ジョニー・エース
vs
スタン・ハンセン、ベイダー
▼『三冠ヘビー級選手権試合』60分1本勝負
三沢光晴(王者)
vs
川田利明(挑戦者)

 様々な報道があったが、フタを開けてみれば、良くも悪くも全日本らしいカードが並んだ。それほど他団体との抗争ムードがあったわけでもなく、刺激的ではあったとは言え、プロレス界を揺るがすような試合があったわけではない。ただ、それはあくまで今になって振り返ってみればのこと。当時の全日本からすると、かなり踏み込んだカードだった。
 そして、なによりもメインイベントが三沢vs川田になったことが、僕にとっては大事なことだった。この時点で三沢vs川田の機運が高まっていたとは言えない。それでもジャイアント馬場が「このカードが一番相応しい」とメインイベントに据えたことで、僕の気持ちは高鳴った。
 川田は1年前の三冠戦で三沢の背中を追いかけることにケジメを付け、それ以降は三沢に固執することなく、別の道を模索しながら、新しい自分を築き上げていた。日常的に対戦しているとはいえ、川田が別の方向に進むようになってから、初めて三冠戦でぶつけることになる。この戦いは2人の関係にとっても大きな区切りになると同時に、新たな始まりになることを予感させた。
 東京ドーム直前ということもあって『チャンピオン・カーニバル』には余計に注目が集まった。当然、僕のプロレス熱も強まり、前年の北海道遠征に続き、このシリーズでも僕は地方密航を計画。後楽園2連戦の開幕は仕事として携わると、中盤戦の長岡、福井、愛知、大阪、岡山と1週間の長期一人旅を決行した。
 当時、僕の中では『チャンピオン・カーニバル』全戦観戦という突拍子もない目標があったが、もちろん金銭的には難しく、このぐらいの形に落ち着いたわけなのだけれど、後々に普通に出張で行くことになるとは思ってもみなかった。
 例年通りまったく誰が優勝するのか分からぬリーグ戦。ましてや開幕戦では小橋が左足首を痛め、三沢が田上に敗退、秋山がハンセン越えを果たすなど波乱ムードに満ちたシリーズとなった。
 途中、田上が左ヒザを負傷し欠場。三沢も万全の体調には遠い状況でシリーズを消化。僕の観戦した愛知大会では川田との公式戦が組まれていたが、30分引き分けに終わっている。
 しかし、満身創痍ながらも三沢は田上戦以外を無敗で切り抜け、優勝決定戦では勢いに乗って勝ち上がってきた秋山を撃破。チャンカー優勝という勲章を持ってドーム大会に臨むことになった。
 対する川田は小橋とウィリアムスに敗れ、最終的に小橋と同点3位という結果に。川田の闘志は空回りしているようにも見えた。しかし、三沢の肉体も既に限界を超えている状態。様々な要因が絡まるようにして、少しずつ決戦の日は近づいていった。




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