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第26回 四天王時代の“密航”体験

 これまでにこのコラムで何回か書いてきたが、僕は四天王時代の全日本プロレスを観戦するために何度か地方に旅行している。プロレス界的に言えば“密航”とでも言えば分かりやすいのかもしれない。
 初めて観に行ったのが、コラム第19回で書いた札幌中島体育センター。最初で最後の中島体験となった。
 深夜に夜行バスで東京出発し、早朝に仙台着。岩手に移動してみちのくプロレスの矢巾町民総合体育館大会を観戦。翌日に北上して函館に夕方入り、しばらく観光した後、夜行列車で札幌へ。早朝に札幌に着くと、再び小樽などを観光し、夜に全日本の試合を観戦。翌日に飛行機で帰京している。4泊5日でうち車中2泊とかなり無理矢理にコースを組んだ感じだったが、僕にとって初めての1人旅でもあったので思い出深い。ちなみにこれもコラムで書いたが、この時のみちのくプロレスの試合を報じた週刊ゴングの写真の片隅に、ひっそりと僕が写っている。
 次の遠征は翌年の春。チャンピオン・カーニバルにあわせてのものだった。長岡、福井、愛知、大阪、岡山の5大会を1週間で回るコースで、この時に行ったどの会場も思い出に残っている。特に岡山武道館は一発で好きになった。
 98年はさらにもう一度密航をしている。夏場、旅行に行きたくなった僕は『サマー・アクションシリーズ2』に合わせて一人旅を計画。岡崎、徳山、博多、下関、米子、徳島というコースを組んだ。結局、岡崎は土壇場で行かなくなってしまったのだが、実はこの日、丸藤がデビュー戦を行っており、後々後悔したのを今でも覚えている。
 このシリーズでバーニングが始動。博多から下関へ向かう新幹線で小橋と秋山が会談を持ち、正式にバーニングが結成されたわけだが、僕もちょうど同じ時間に在来線に乗って下関に向かっていたのだ。
 そして、ファンとして最後の長期遠征となるのが、99年の『チャンピオン・カーニバル』。新潟、岡山、徳島、広島、博多、熊本、大阪、静岡と10日間で8興行を観戦。後楽園と武道館を合わせると、全17戦のシリーズで12興行を見たことになる。ちなみにこの日の新潟大会で、偶然知り合いのファンと遭遇した僕は、自由席でいい場所を取るため、小橋健太との撮影会に一緒に参加。その写真がなぜか週刊ファイトに掲載されている。
 その後も三沢vs川田が行われた99年1月の大阪や、辰吉のボクシングの試合などで地方に赴くことがあったが、仕事としてプロレス界に関わるようになるまで長期の密航にはいかなかった。
 僕の旅はあくまでもお金をかけないものだった。移動は基本的に青春18切符が深夜バスだったし、泊まる場所もほとんどがカプセルホテルで、食事もジャンクフードが中心だった。
 改めて考えると、“結構バカらしいことをしてたなあ”と思うし、記者となってからは余計に白い目で見られかねないため、あまり話さないようにしてきたが、この経験が後々の記者生活に活きているのは間違いない。徹底的に短期間で試合を見ることによって見えてきたものが確かにあるし、逆にファンとして区切りを付けることにもなった。
 今やネット環境が整備され、CS中継やPPVなども頻繁に行われているから、わざわざ地方に行ってまで観戦しようと思う人は少ないかもしれない。ただ、“これは絶対に見たい”と思う試合に遭遇したなら、僕は強引にでも見に行くことを勧める。深夜バスを使ったり、泊まるところもカプセルホテルやマンガ喫茶を利用すれば、思っている以上に安く仕上げることも可能なはずだ。会場で観戦しなければ味わえない感覚は必ずある。
 僕もさすがにもうプロレスと絡めようとは思わないが、また落ち着いたら一人旅をしてみたい。




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