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第29回 三沢と川田と当時の僕(22)

 川田利明が三沢光晴に勝つ。タッグマッチや巴戦では実際に川田が勝利を手にしたことがある。だから、その試合自体を観客として見てきた僕にとっては、リアリティーのあることのはずなのに、現実の僕はなかなかそんなシチュエーションを想像できないでいた。
 しかし、全日本初の東京ドーム大会が終わった時、僕が想像できなかった景色がドームの中には広がっていた。だが、なぜだろう、僕はそれでも川田が勝ったという実感を持てないでいた。
 そこにはいろんな理由がある。一番大きいのは、三沢の体調面。チャンピオン・カーニバル直後という最悪のタイミングで開催された東京ドーム大会に、三沢は満身創痍で臨んでいた。チャンカーを優勝したとはいえ、肉体的には限界をとっくに超えており、首の皮一枚、ギリギリのバランスでドームに駒を進めていた。三沢も川田も完璧な状態でリングに上がっていれば感覚も違っていただろうが、僕の目には、三沢が川田に負けたというより、自分自身に負けたように見えたのかもしれない。
 コンディションの不調、そして初めての東京ドーム大会におけるメインという重圧、セミまでの会場に漂う微妙な雰囲気、様々な要素が絡み合った結果、リング上に展開されたのは、好勝負ではあったが、名勝負ではなかった。もしかすると、三沢vs川田というブランドに過剰なほどの期待感があったことこそがこの試合が名勝負にならなかった理由かもしれない。
 川田は三沢越えに喜びを爆発させて歓声に応えるように見えた。しかし、僕の心には達成感はほとんどなかった。今日の戦いが最終回で、大団円を迎えるものだとばかり思っていたが、少なくともこの試合が僕にとっての最終回にはならなかった。
 三沢はこの試合から長期欠場に入ることになった。ある意味、川田戦はこれまでのストーリーの最終回となり、復帰後は新しい物語をスタートさせることになっていく。
「プロレス人生で一番幸せです」と叫んだ川田は、しかし、その最終回を消化しきれないまま、三冠王座という重いベルトを持たされることになる。三沢のいない全日本マットを背負うのは川田でなければならない。しかし、そこに待ち受けていたのは苦しい戦いだった。




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