[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[1.17]2度の死に水

 先週は静岡市のプロレスのメッカだった「駿府会館」について書いた。今回の静岡の旅では周辺で2個所、現存する体育館を訪れている。その一つが「焼津市民体育館」。焼津といえばカツオの水揚げ量日本一の良港。もう一つ焼津で私的にイメージするのが「向こう意気なら焼津の半次」(素浪人・月影兵庫と素浪人・花山大吉の相棒=役者は品川隆二…これを見ている人がいたら時代劇マニアコだ)。そんな威勢のいい市民たちがプロレスに熱中していそうな雰囲気がする街だ。会場前に着く。「おおっ」と声を上げてしまうくらい昭和中期の香りがプンプンするコンパクトな体育館。まだ、こんなに味のある物件が残っていたのか。



※焼津市2丁目にある焼津体育館。昭和中期からある古くて小さな体育館だ。

 ここの体育館のすぐ近くには「焼津スケートセンター」があった。1983年5月29日のIWGP(公式戦はアンドレvsビッグ・ジョン・スタッド)でも使用された会場だ。最初のプロレス興行はブッチャー初来日の70年夏。国際プロレスはというと、このスケートセンターをTVマッチで多用した。最初はラッシャー木村vsキラー・ブルックスのIWA世界戦とアニマル浜口vsジプシー・ジョーの金網マッチ(79年5月9日)。この試合はサッカー中継で、一週ずれ込んで東京では6月11日オンエアされた。地元ではテレビ静岡が国際を13日遅れの日曜日15時から放送していたようだ。

 次の国プロの焼津スケートセンター大会は『第一次ダイナマイト・シリーズ』第6戦(80年9月20日)。メインは大木金太郎vsビル・ドロモのインターナショナル・ヘビー級選手権。ところがテレビ静岡は9月28日放送分で番組を突然打ち切ったので、この大会の放送は現地で無かったのである。28日の最終回で放送したのは後楽園ホールでの開幕戦。その番組の最後に「次週放送は大木金太郎vsビル・ドロモ」というテロップが出たのが静岡のファンたちにとってやるせなかったようだ(地方都市ではこうしたテレビ中継有無の悲哀がいっぱいあったんだね…)。

 そんなガッカリした焼津市民たちは翌年も国プロをスケートセンターで生観戦することができた。81年7月17日、『サマー・ビッグ・シリーズ』第2戦。メインは阿修羅・原vsジプシー・ジョーの金網、セミは木村&寺西vsジ・エンフォーサー&ジェリー・オーツだった。そう、これが国際のラストのシリーズ。焼津市民は、これが最後の国際プロレスとは知らずに国際を楽しんだということになる。IWGPと国際…ここのプロレスファンたちは貴重な体験をしていると思った。ちなみに全日本は焼津スケートセンターを使っていない。スケートセンターは80年代半ばに取り壊されて、跡地には87年3月に焼津郵便局が建てられ、現在に至る。

 さて話を「焼津市民体育館」に戻す。事務所に居た初老の方にお話しを聞いてみる。「正確な築年数はわからないけど、出来たのは東京オリンピックの頃だったと思うな」という答え。館内に入ると、予想したよりも狭い。1500人くらい入れば満員だろう。「ああ、プロレスが来ていましたなあ」と事務員の方は懐かしそうな顔をする。記録によると最初のプロレス興行は67年1月14日の『新春シリーズ』第7戦。メインが馬場&大木vsバディ・オースチン&ルイス・フェルナンデス。前々日に吉村道明が負傷欠場したためにセミがアベ・ヤコブvsミツ・ヒライ。なぜか観衆の記録がない。季節はちょうど今頃だからいくら客が入っても寒かったのでは…。

 その2年後にも1月にここへ来た。馬場&猪木&大木vsウイルバー・スナイダー&ボブ・ボイヤー&バスター・ロイドがメイン。吉村はアメリカ遠征中で、ダニー・ホッジvsミツ・ヒライがセミ(69年1月18日)。この時、BI砲は10日前の広島でスナイダー&ホッジに敗れてインター・タッグを奪われ猪木は無冠だった。ちなみにこの日の主催者発表は4000人(これでは体育館が壊れてしまう!)。

 こんな地方の中堅都市(人口は全国176位)の小さな体育館で天下のインター・タッグ王座が移動した(!)なんて、ちょっと想像がつかない。だが、その時、全国のプロレスファンがこの会場のことを一瞬でもインプットしたはずだ。73年4月18日、『アイアンクロー・シリーズ』第4戦。ここで大木金太郎&上田馬之助からフリッツ・フォン・エリック&キラー・カール・クラップにベルトが移動している。オールドファンなら「ああ、あれがそこだったのか」とリアクションするはずだ。日本プロレスはその2日後に崩壊している。


※フリッツとクラップがここでインター・タッグを奪取。当時2人はテキサスで敵対関係にあった。

 この日の観衆は3500人…そんな馬鹿なというような強気の発表。前日の後楽園ホールが発表1000人、翌日の横浜市文化体育館が3000人。これらは首都圏のファンやマスコミの厳しい目があるからだろうが、だからと言ってここが3500人はないだろう。それはともあれ、焼津市民は国際以前に日本プロレスの死に水も取っていたことになる。

 70年代後半になると、2丁目にあるこの焼津の市民体育館は1丁目の焼津スケートセンターにプロレス興行を奪われてしまう。そのスケートセンターが取り壊しされた後に、再びこの市民体育館を使ったのが全日本だった。87年9月2日、『創立15周年記念サマー・アクション・シリーズ2』。メインはスタン・ハンセン&オースチン・アイドル&ジョー・ディートンvs天龍源一郎&阿修羅・原&川田利明。セミはジャンボ鶴田&輪島大士&タイガーマスクvsニック・ボックウインクル&ディック・スレーター&ネルソン・ロイヤル。おそらくこれがここの最後のプロレス大会。それは新しく西焼津にシーガルドームと呼ばれる「焼津市総合体育館」ができたからだ。

 それでもここは残った。体育館の正面の大看板も表札もよく見ると、「市民」の文字が消されていた。現在は「焼津市役所 焼津体育館」が正式名称で、未だに市が管轄している。新しい市総合体育館と混同しないように市民の名称を外したらしい。今はフットサル、卓球、バスケ、バトミントンなどに使われているようだが、活気はない。館内をよく見ると、立派な鉄骨が剥き出しになっていた。古いけれど、基礎や骨組みがしっかりしているから、後生まれのスケートセンターが取り壊されても、ここは残ったのだろう。いつまでもこういう古き良き体育館が残ってほしいものだ。ちょっと覘いて耳を澄ますと鉄の爪&青銅の爪の雄叫びが聞こえるかも…ね。



 ドクトル・ルチャのトークイベント『ビバ・ラ・ルチャVol.35』は1月28日(日)、新宿ネイキッドロフトにて開催。開場12時半。開演13時です。ゲストは新日本プロレス初代リングアナ&元営業部長の大塚直樹氏。題して『心と心 エピソード1 〜新日本白書をもう一度〜』。

“ドクトル・ルチャのビバ・ラ・ルチャVOL.35”
『心と心 エピソード1 〜新日本白書をもう一度〜』
■日時:1月28日(日)開場12:30 開始13:00
■場所:新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
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