[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[1.09]幻の渡墨計画

 みなさん、明けましておめでとうございます。久々にものを書きます。昨年末に感染性大動脈瘤で再入院して6時間の手術を受け、年末まで入院していたので、すっかりのご無沙汰に…。入院中にダイナマイト・キッドが死んだというニュースを知る。ICU(集中治療室)にいた時に唯一の情報源だった民放ラジオのニュースで訃報を聞いた。普通のニュース内でキッドの死去が告げられたのはびっくりだった。



 キッドは以前から私の顔を見ると「おおっ、メキシカンのスペシャリスト!」とか言っていた肩を叩いてきた。メキシコマット事情を何度か教えことがあるからだ。1982年にキッドはUWA遠征が決まっていたが、お流れになった。その後もフランシスコ・フローレス代表はキッドにラブコールを送る。しかし、84年夏にUWAは浜田を介して全日本と提携したために頓挫。同年11月からキッドはジャパン=全日本のマットに上がるようになる。もうこの時点でアンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ハルク・ホーガン(WWF王者)らお馴染みのガイジンたちが新日本や全日本を介してUWAに上がっていた。

 翌85年にキッドはUWAに登場することが決定した。3月3日のエル・トレオが初戦で、10日間のツアーと決まっていた。しかし、それもドタキャンで終わってしまう。新日本とWWF、全日本とカルガリー…このあたりの微妙な政治的なやりとりがあったようだ。一番の原因はキッドのWWF入りだろう。フローレス代表は81年夏にMSGを訪問して、WWFとの直接交渉権を手にしていたが、シニアからジュニアへのマクマホン家の代替わりと、全米空爆作戦が始まって時代が転換してしまったのだ。

 85年1月の全日本『オールスター・ウォーズ』の期間中、キッドとペロ・アグアヨ、ブラソスが談笑している姿を控室やホテルでよく見かけた。キッドは「アグアヨをすごくリスペクトしているよ。あのフルスイングのパンチとクレイジーなキックは参考になるが、あんな怖い表情は俺にはできないけどな」と、顔を歪めながらオーバアクションで笑っていた。もし3月に来墨していたら、このタッグチームが売り物のなっていたはずだ(カネックはテクニコに転向している)。

 キッドの来墨は3月3日の後は3月31日のトレオに延期になったが、ここもキャンセル。代役にはサンアントニオからエリック・エンブリーとダン・グレアーのザ・ファビラス・ブロンドス=ロス・ファブロソス・ルビオスがサウスウェスト・タッグのベルトを締めてやって来た(この時点では王者チームではない)。エンブリーは81年に初渡墨して3月のプエブラでエル・ソリタリオを破ってUWA世界ジュニアライトヘビー級王座を奪取。エル・シグノ、ドス・カラスらを破って8度も防衛してメキシコで顔馴染みになっていたが、キッドの代打としてはあまりに役不足(この時点でキッドの存在は雑誌を通じてかなり浸透していた)。フローレス代表は「5月には必ず…」とコメントしたが、結果的にキッドの来墨は実現しなかった。


※エリック・エンブリー(右)とダン・グレアーがキッドの代打。

 96年10月のみちのくプロレス両国国技館大会。それがキッドの最後の来日になった。最初は初代タイガーマスクとダイナマイト・キッドを戦わせることを前提にカード作りが進んだように思う。サスケは憧れのタイガーと組みたかったし、新日本と交渉して小林邦昭を加えることでカードを整える。ただ、キッドの体調を考えるとさらなる補強が必要とされ、元気なドス・カラスを追加する。そこで私がサスケに提案したのは「いっそのこと、マスカラスも呼んだら…」だった。「えっ、ドス・カラスまでならいいけど、マスカラスなんて呼んだら予算オーバーになってしまいますよ」とサスケ。ここで一頓挫…。

 そのことを会社に戻って竹内(宏介)さんに相談すると、「マスカラスはウチ(ゴング)で払おうよ」となった。サスケが狂喜したのは、言うまでもない。ブッキングなどの交渉は私の役目。ただし、カード的にはマスカラスとドス・カラスを敵味方に分けて、対戦させなくてはならない。無理を承知で恐る恐る交渉してみた。すると「アパトラコだったか、レレボス・インクレイブレス(テクニコ&ルード混合タッグ)で一度だけペペ(ドス)と戦ったことがある。心配ないよ」と嬉しい返事。こうしてマスカラス&タイガー&サスケvsキッド&ドス&邦昭というカードが完成したのだ。


※小林邦昭&ドス・カラス&ダイナマイト・キッドのトリオ。

 結局、会社的には「原稿料」の名目でギャラとしてマスカラスに両国で支払った。その両国の反対側の控室に行く。私を見つけたガリガリのキッドが「ヘイ、ミスター・メキシカン・スタリオン。やっぱり一度、メキシコに行ってみたかったよ」と低く野太い声でつぶやく。その横ではドス・カラスがニコニコしながら頷いていた。えっ!と思うほどキッドはガリガリに痩せていた。あれがキッドとの最後の会話だったのか…。合掌。


『ビバ・ラ・ルチャVol.39 ドクトル・ルチャ初渡米・初渡墨40周年〜すべてはあの取材旅行から始まった〜』
■日時 2月3日(日) 開場12:30 開始13:00
■会場 新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
■チケット 3000円(当日3500円)※飲食費別
■出演 “ドクトル・ルチャ”清水 勉
■司会進行 パニコXX
■電話予約 ネイキッドロフト03−3205−1556(16:30〜24:00)






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