[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[5.24]アナコンダvsコブラ

 Facebookって、ハーバード大学の一学生(マーク・ザッカーバーグ)がイタズラ気分(?)で作った在校女子生徒の人気投票サイトがアイディアの出発点だったらしい。ザッカーバーグが大学から処罰を受けたあとに新たに立ち上げたのがFacebookで、それにより、あっという間に世界中の人と人がネット上で繋がるようになった(超画期的。でも恐ろしい世の中になったものだ)。

 お陰様で、私も懐かしいルチャドールたちと何人もコンタクトすることができた。国際電話をしなくてもいい、国際郵便を出さなくてもいい、お互いがスマホやパソコン一つでアミーゴになれて、好きなときにトークできるようになったんだから、恐れ入る。選手の元々の友達でなくても、相手がファンでも、選手側が承認を出せば「友だち」になれる。昔ならば選手とファンがこんな関係で結ばれることなんてあり得なかった。40年以上前にファンクラブを作った経験のある私にとっては驚きの時代が来た!といえる。

 先日、意外な選手と「友だち」になれた。これまでのルチャドールは実際にアミーゴだった選手だけだけども、彼は違った。昔、メキシコで会った時にフレンドリーに挨拶されたけ。でも親しく話したことがない…はっきりとした面識のない部類の選手。それはTNT(プエルトリコ人のじゃないよ)! 日本ではアナコンダのリングネームで戦った大蛇を持って登場した120キロもあるメキシコの巨漢(本名フアン・グアダルーペ・アギラール・エレーラ)。たった一度だけ、新日本に来日したのが1973年9月の『闘魂シリーズ』。偽エル・サント(ハム・リー)と一緒に来日する。その時、私は試合を観ていないが、彼こそ、新日本に初めて来た純血のメキシカンだったのだ。


※2匹の大蛇を操る巨漢のTNTは原始人的なキャラクター。

 そんなTNT(テ・ネ・テと発音していた)と40年数年目に「お友だち」になれた。新日本時代のグラビアや、78年のエル・トレオで戦ったテムヒン・エル・モンゴル(キラー・カーン)や、74年のアレナ・メヒコでカベジェラをやって破ったゴロー・タナカ(鶴見五郎)の近況写真を送ってあげた。それとライバルだったエル・アルコンの近況も送ってあげた。そうしたら「懐かしい写真や戦友たちの写真をありがとう」とテ・ネ・テは大喜びしてくれた。そして、その写真を彼の「友だち」たちに向けて発信し、ネットワークを広げてくれた。

 TNTは1937年11月22日生まれだから、79歳。生まれはマスカラスと同じサンルイスポトシ(同州のチャルクイートという街)。引退後はコリマ州コリマに住んでいるのは以前から知っていた。州都のコリマは鉱山の街。同州にある太平洋岸のリゾートタウン、マンサニージョには行ったけど、コリマには行ったことがない。コリマは新日本に何度も来日したベビー・フェースの故郷。「コリマは暑いけど、いい街だぞ」と、よくベビーにお国自慢された。一度行ってみたい街だ。テ・ネ・テはマスカラスやティニエブラス同様、『ルチャ・リブレ』誌の売り出しキャンペーンで頭角を現わした選手で、マエストロはブルー・デモンやレネ・グアハルドと同じローランド・ベラ。68年デビューで、最初はルードでマスカラスの仇役だったが、78年1月にテクニコに転向する。全盛は78年10月にエル・ナシからナショナル・ヘビー級選手権を獲得した頃であろう。

 以前から気になっていたのは、新日本で使用したあの蛇はメキシコから連れて来たのか、それとも新日本が調達したのか…だった。Facebookは便利だ。さっそくメッセージで本人にいろいろ聞いてみる。「あれは自分の蛇だよ。アナコンダと同種のウナ・ボア(ボア)で、2匹飼っていたうちの一匹。どっちも牝で、名前はペトロニーラとニコラサっていうんだ。日本に連れて行ったのはペトロニーラのほうだよ」と、さっそく回答がくる。

 初来日第1戦は73年9月3日、前橋スポーツセンターでの小沢正志戦。このシリーズでアナコンダは小沢と数度対戦して勝ったり負けたりの抗争(?)をしていた(5年後、トレオで再会して本当に抗争した)。他の若手の藤波、藤原、木村、大城には勝てるが、山本、魁、柴田、木戸ら中堅には勝たせてくれない。蛇を持ってリングインし、それで相手を威嚇するパフォーマンスが大受けしたようで、硬派の小鉄や木戸はいつも蛇から逃げ回っていたという(“ザ・スネーク”ジェイク・ロバーツが蛇を使い出したのは82年から。TNTがいかに早かったか)。気になるのは蛇だけではない。藤波、木村をギブアップさせたアナコンダ・ストレッチという技…これ、どんなジャーベだったのだろうか(気になる)。


※78年1月のエル・トレオで一騎打ちしたTNTとテムヒン・エル・モンゴル。

 10月2日、シリーズ22戦目の香川県高松市民センターでアナコンダはアントニオ猪木と遂にシングル対決する。猪木がアナコンダの蛇アタックをどんな顔でどうかわしたのか(見てみたかったよね)。ここでアナコンダ・ストレッチが出たかどうかは定かでないが、結果はコブラツイストで猪木の勝利(6分22秒。コブラの毒がアナコンダに回った!)。

 そういえば、メキシコで最初はTNTのパートナーだった鶴見が「モンテレイに居た時に彼と同室で、蛇の世話をさせられたんですよ。夜になるとキュキュって鳴くんです。ホント。気持ち悪いですよ。小便はするし、大変でした」なんて、言っていた。このシリーズは日本に返還されてから1年後の沖縄にも行っている。ハブのメッカでペトロニーラちゃんはどんな旅をしたのだろうか(10月14日の蔵前での最強タッグを含む全28戦。同時期、同郷人のマスカラスは全日本に初来日)。その後は日本からハム・リーと一緒に東南アジアへ飛び、インドネシアとマレーシアで試合をする。「マレーシアは街角に当たり前のようにオオアナコンダを下げた人間が居る。俺の蛇はあんな大きくないんで、あの国の客には全く驚かれなかった。その帰りに中国にも寄ったし、忘れられないアジアの旅だった」

 コリマに行かなくても、こんな感じで軽い取材が出来ちゃうんだからFacebook恐るべし。TNTは引退して今は歩行器がないと歩けない身体のようだが、スマホは自由に使いこなせているようだ。今では「ルペ」「トマス」と互いの愛称で呼び合えるようなアミーゴになれた。他のルチャドールの誰に聞いても「TNTの人間性は最高。だから彼はいろんな人に愛されたんだ」というような答えが返ってくる。彼の文面にはそれがよく滲み出ている。いつまで元気でいてほしいOBだ。
「いつかコリマまで行くからね!やっぱり直に会って話を聞きたいよ」。


※最近のTNT。コリマ州コリマで家族たちと一緒に静かな老後を過ごしている。

 さて、次回のトークショー『ビバ・ラ・ルチャvol.33』は7月16日(日)昼の新宿ネイキッドロフトに決定。ゲストはご存知“過激な仕掛人”新間寿氏。昨年1月に出演が決定していながら、直前で急用のために来られなくなったという経緯もあり、1年半ぶりのレバンチャ(リベンジ)登場となる。今までのトークとは違う新間氏の喋りを引き出してみたいと思う。テーマと詳細は後日。





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