[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[5.31]伝統の儀式

 びっくりした! 佐藤琢磨(ホンダ)がインディ500で優勝した。日本人初の快挙である。インディ500は創設1911年で101回の伝統を持つアメリカ屈指のスーパースポーツイベント。ゴルフならばマスターズ(1934年創設で今年81回目)、競馬ならばケンタッキーダービー(1875年創設で今年143回目)に該当する米国スポーツの最高峰だろう(チーム競技以外で)。それに日本人が勝つなんて、私の目の黒いうちには決して実現しないだろうと思っていた。

 アメリカは歴史が浅い国だから、国民たちは余計に自分たちの作って来た歴史と伝統を大事にする。マスターズはジョージア州のオーガスタナショナルゴルフクラブで行われ、ギャラリーをパトロンの呼び、優勝者にはグリーンジャケットが前年度優勝者の手によって着せられる。それが「伝統の儀式」である。ケンタッキーダービーは例年5月の第1週土曜日に行われ、出走馬が本馬場入場する時にはミントジュレップを飲み、「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム」(ケンチキのテーマ曲で日本でも有名)を来場者全員で合唱する。優勝馬には大会シンボルの薔薇のレイが掛けられる。それが143回続いた大事な習わしなのである(どのイベントも世界大戦で数年中止になる)。

 インディ500は毎年5月最終週のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)の前日の日曜日にインディアナポリス・モータースピードウェイで開催される。1周約4キロの楕円コースを200周(約800キロ)、それを最高時速350キロで激走する。優勝者はF1みたいにシャンパンではなく、牛乳を飲む習わしがあり、ゴール付近の壁に立体的な本人の顔のレリーフが埋め込まれ、翌日に博物館に展示されているボルグワーナー・トロフィーという巨大トロフィーとの撮影権が与えられる。これもアメリカならではの伝統的な儀式である。それを日本人レーサーが獲得したのだからすごい。

 プロレスで、これに該当するような大会はあっただろうか。毎年開催ならば今年で33回目の『レッスルマニア』。開催当日、(チャンピオンに与えられる)恒例の儀式や習わしは無い。開催日は3月末から4月頭に日曜日で、開催地は固定されておらず、都市を持ち回りする。WMの前年、1984年に創設された競馬の『ブリーダーズカップ』に似ている(毎年10月開催)。

 開催競馬場は毎年変わる。儀式がないのは「新しいもの」を創造して行こうとするアメリカンパワーだと思う。メキシコだったらアニベルサリオがそれに該当する最古のイベントであろう。1934年から続いている伝統の大会(85年は大地震で中止)。基本的に9月第3週の金曜日だったのだが、近年、その法則が崩れたのが残念だ。そしてこのアニベルサリオも恒例の儀式的なものはない。


※ダニー・ホッジを破ってNWA世界ジュニアヘビー級王者になったヒロ・マツダ。

 では、インディ500に優勝して牛乳を飲んだ佐藤琢磨に該当するような快挙を達成した日本人レスラーは誰だろう。ヒロ・マツダがダニー・ホッジを破ってNWA世界ジュニアヘビー級王者になったことか(?)。1964年7月11日のフロリダ州タンパでの快挙であるが、アメリカでのジュニアヘビー級の評価は低い。マツダはヘビー級王座にも何度も挑戦しているが、ヘビー級だったら間違いなくとてつもない快挙だったのに…。それでもホッジを破ってジュニアヘビーのチャンピオンになった時は東京スポーツの一面だった!

 メキシコだったら1970年8月28日、ミステル・コマがアレナ・メヒコでエル・ソリタリオを破ってNWA世界ミドル級チャンピオンになったことか。でも、日本ではNWA世界ミドル級王座など、その存在すら知られてなかった。コマが現地でチャンピオンになったことは日本に伝えられたが、メキシコ中部王座などと報じられた。まさかそれが「NWAの、世界の、頂点のタイトル」であったとは誰も知らなかったのである(それほどマスコミが無知だったのだ)。

 コマだけでなく、シバタ、キタザワが世界挑戦した時も同様だった。60年代後半のアメリカのプロレス事情だって少しだけわかってきたくらいのもので、メキシコの70年代に至っては、何一つわかってなかったことになる。何度も言うけど、駒さんの快挙が日本で何の評価もされなかったのが今更ながら残念でならない。


※ミステル・コマ(駒秀雄)は敵地メキシコでNWA世界ミドル級王者となったが…。

 ちなみに儀式ということならば、メキシコの試合前の記念撮影は恒例のセレモニーといえるかも知れない。カンペオン(王者)とレタドール(挑戦者)がレフェリーを挟んで両サイドに立ち、それぞれのセコンドが1名ずつ入って記念撮影をする(セコンドはタオル1本持つことが許される)。これは記録としてとってもいい。タイトルマッチだということが1枚の写真でわかるのは、雑誌を作る時も助かった。

 メキシコだけでなく、その影響を強く受けたロサンゼルスでも70年代後半から時によって取り入れられたようだ。メキシコのマスカラ戦でマスクを取られた時にリングアナウンサーが敗者に訊ね、本名・出身地・年齢・プロのキャリアを場内発表するのも恒例の儀式といえるだろう。カベジェラ戦では専門の職人がやって来て髪の毛を切るのも、あれもメキシコならではの伝統の儀式なのであろう。いいものはずっと続けてほしい。

 今やアメリカのショービジネスとして最大級のスーパーイベントとなった『レッスルマニア』は誘致合戦が熾烈になっていて、全米各都市の市長たちがWWEに日参しているという。WMを誘致した都市の経済効果は凄いらしい。これぞ歴史的快挙ということならば、シンスケ・ナカムラがWWE世界ヘビー級チャンピオンになったら、佐藤琢磨級のビッグサプライズになることだろう。そういう日が来てほしいと思った。

 7月16日(日)昼、新宿ネイキッドロフトでの『ビバ・ラ・ルチャVol.33』のゲストは元WWF会長でもあった新間寿氏。仮題は『さらばリングの目撃者たち』。先日亡くなった櫻井康雄氏を始め、竹内宏介氏、WWWFビンス・マクマホンSr.代表、UWAフランシスコ・フローレス代表らとの思い出と秘話を語ってもらおうと思う。






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