[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[6.07]猪木を作り上げたメキシコ殺法

 Soluchaからメキシコのルチャ写真集が届いた。ハードカバーの立派な写真集である。じっくり見ると、なかなか勉強させてくれる素晴らしい本だなあ、と思った。

 写真集のタイトルは『LLAVES LANCES Y OTROS CASTIGOS』(ジャーベス・ランセス・イ・カスティーゴス)。直訳すると「極め技、投げ技(飛び技)、拷問技」という名のルチャ・リブレの技の本で、今は亡き名カメラマン、アルトゥーロ・オルテガ・ナバレッテ撮影の作品集である。


※ハードカバーで厚みもあり紙質も良く、なかなか立派な装丁の本です。

 アルトゥーロは1950年代から80年代のいわゆるルチャ・リブレにおける“エポカ・デ・オロ”(黄金時代)においてアレナ・メヒコ、アレナ・コリセオ、エル・トレオなど主要会場のリングサイドで写真を撮り続けたカメラマンで、『クリンチ』『ボクス・イ・ルチャ』『プンチ』などのルチャとボクシングの専門誌で活躍した。特に『ボクス・イ・ルチャ』誌で長い間、働いており、ルチャだけでなくボクシングも撮っていた。私も1979年にメキシコに初めて行った時や80年代前半に行った時にアルトゥーロにとても世話になった。チューチョ(ブラソ・デ・オロ)を中年にしたような顔をした気さくなおじさんだった。

 その頃、アレナ・メヒコの選手控室の一番西側の奥にはカメラマンが待機する部屋があった。そこにアルトゥーロがやって来て、廊下から選手たちを呼ぶ。たとえば「ブルー・デモ〜ン!」と彼が呼ぶと、しばらくしてタイツやシューズを履いたデモンがコスチュームを手に持ってヒョコヒョコやって来るわけだ(選手によっては帽子のように被ってきたマスクをここで完全に被る時もある)。アルトゥーロがいろいろ注文をつけてバシバシとポーズ写真を撮るわけ。そして「撮るかい」って、私にその場を譲ってくれる。他誌のカメラマンより日本人の私には警戒心が無かったように思う。メキシコでポーズ写真は雑誌を作る上で試合写真以上に重要なファクターで、常に新しいポーズ写真や選手同士の組み合わせを追い求めているようだった。

「誰か撮りたい選手はいるのか」とアルトゥーロに問われる。私が「マノ・ネグラを…」と言うと、アルトゥーロは廊下に出て「マノ・ネグラ〜! 日本人がアンタを撮りたがっているぞ!」って叫んでくれる。するとしばらくして「日本人が…」ってマノ・ネグラが着替えてやって来るという具合。その声掛けは本来、ドア番のペペという男がやる仕事のようだが、アルトゥーロが来ると自らやっていた。選手たちはみんなアルトゥーロの声をよく知っているようだった。そんなことで私はアルトゥーロにとても感謝している。


※今は亡きアルトゥーロ・オルテガ・ナバレッテ氏。好人物だった。

 もちろん、試合写真の技術もアルトゥーロは超一流。黄金期のエストレージャたちの傑作カットがいっぱい残っている。2000年4月にアルトゥーロは60歳の若さで亡くなったという。そして遺族が所有するアルトゥーロの撮った膨大なフィルムの中から技だけを集めたのが今回の写真集。技の解説はもちろん、写真の年月日や選手の名前もちゃんと記されているのが素晴らしい。編集には最強マニアのクリスチャン・シメット弁護士が協力した。ということで、これは単なる写真集としてだけではなく、記録本としても、研究書としても価値がありそうだ。

 ルチャ・リブレのジャーベ(サブミッション)は1930年代から独自の進化を続け、50年代前半にはほぼ代表的なものが出揃ったといっていい。以前にコブラツイストはメキシコで「ティラブソン」と言い、シクロン・ヘスス・アナヤによってテキサスマットから全米に広がり流行したことを書いた。卍固めも40年代後半にエンリケ・ジャネスが考案した「ラ・セラヘーラ」の変型である。

 さらに、この本を見てわかったことは弓矢固めも「デスクアルティサドーラ」と呼ばれ、1940年代にシギ・シトが使い出した技だということ。ゴッチが使っていたジャパニーズ・レッグロール・クラッチ(回転足折り固め)も「トケ・デ・エスパルダス・コン・プエンテ」という複合技として50年代から使われていたメキシカンテクニックだった。そして、延髄斬りも「パターダ・ア・ラ・ヌカ」として60年代にはラヨ・デ・ハリスコが使用している(これってどういうこと!? 何だ、猪木の得意技の大半はここにあるじゃないか!?)。

 猪木だけではない。ゴッチ自身や愛弟子の藤原喜明の使う逆エビ返しのホイップは「ティヘラ・アル・クエルポ」という名でエル・サントが40年代から使っていたもの。そして長州のサソリ固めはブルー・デモンの十八番である「エスタカ・インディア」の変型(入り方が同じ)で、ステップバックするとメキシコでも「エスコルピオ」=サソリ固めと呼ぶ。それだけではない。何とドラゴス・スープレックスも1956年の時点でエル・グラディアドールが使っていたようだ(この写真集の中にあるが、もう少し検証の余地あり)。

 共通するのは、それらの大半がカール・ゴッチによってメキシコから日本にもたらされたもの。レスリング技術や裏技においてゴッチを最強の一人と評することはできるだろうが、自分自身や弟子に伝授したプロ用の実戦技はジャーマンを抜かせばメキシコからパクったものがかなりの数ある。特に新日本プロレス創世期の大事な決め技はゴッチのオリジナルではなく、メキシコのジャーベやランセによって作られたといえる。逆を言えば、ゴッチを介してメキシコから日本に輸入されたと、神様に感謝すべきだろうか。この先、ジャーベを決して軽視してはならない。それは皆さんが尊敬する(?)神様ゴッチが認めたものなのだから…。そんな伝統的な技の奥義の数々をこの本で学んでもらえればと思う。


※中身はこんな感じで145の技が解説付きて掲載されている。

 1950〜80年代のいわゆるレジェンドたちのジャーベ・ファボリート(得意技)を楽しむのも良し、新技に煮詰まったプロレスラー諸君に良し、最高の時代のルチャを感じ取るのも良し、余興で変わった技を披露して注目されたい人にも良し、プロレス技の歴史やルーツを研究する人にも良し…これは145のメキシコ殺法を十二分に満喫できる一冊である。定価は7000円(税別)、この装丁、この内容なら決して高くない。Soluchaがメキシコの出版元から大量入荷したというので、問い合わせてみてはいかが。マニアなら一冊キープしておく価値のあるお勧め本だ!

ドクトル・ルチャのトークイベント『ビバ・ラ・ルチャ!vol.33』
“過激な仕掛人”新間寿が語る
『さらばリングの目撃者たち』
■日時 7月16日(日) 開場12:30 開始13:00 
■会場 新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
■料金 予約3000円、当日3500円(飲食代別)
■ゲスト 新間寿氏
■出演 “ドクトル・ルチャ”清水勉
■司会 パニコXX
■電話予約 ネイキッドロフト03−3205−1556(16:30〜24:00)






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