[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[4.25]最恐女帝とのお別れ

 今週は坂口征二の2度目のメキシコ遠征のことを書こうと思っていたけど、こういうネタがある時に限って訃報が入るものだ。それも強烈なワンツーのノックアウトパンチが…。

 まず“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノが亡くなった。ブルーノは私が最初に好きになったガイジンだった。とにかくカッコよかった。1967年3月7日の蔵前国技館での馬場との60分フルタイムの一戦は私の心の名勝負の最上位にランクされる。まだプロレスがよく理解できていなかった時期だけど、まるで柏鵬対決を見るようなガップリ四つの手に汗を握る熱戦だった。あの試合が私をプロレスファンにいざなったのではないかなと思う。小学生の頃、ブルーノのスクラップブックを作ったくらい好きだった。先日、ボストンからシュン山口が兄貴(ウォーリー)の見舞いに帰国した時に「ブルーノのインタビューってできないかな」って頼んだ。今から思うと、もう手遅れだったんだね。


※雨で一日順延になった68年8月7日の馬場vsサンマルチノの大阪球場決戦。

 そして馬場元子さん死去の悲報…。絶句した。元子さんから一昨年1月頃に電話を貰った。「タケちゃんのお墓参りに行ってきたわよ。自分たちで探して、京平と行ってきたの」という電話だった。タケちゃんとは“ミスター・ゴング”竹内宏介氏のことである。その後、2時間くらいお話をした。元子さんは電話魔で長電話好きだった。なんだかんだ2〜3時間話して、「あれっ、今日は何で清水クンに電話したんだっけ…ああ、そうそう…」って、本題に入ることがよくあった。確かその時は馬場さんのロサンゼルス修行時代の逸話をいろいろしてくれた。とっても、濃い話だった。

 だから、私は思い切って「元子さん、俺がやっているトークイベントに今度、来てもらえませんか」と頼んでみた。“馬場元子をネイキッドロフトに招聘する!”…それは私の悲願だった。「私はそういう所で喋るの苦手だから…」と言うので、「今、ロス時代の話をしてくれたように、みんなの前で話してくれればいいんですよ」と返すと、「ああ、そうなんだ。いつ頃? ゴールデンウィークね」って、乗り気になってくれた。

「これからハワイに行くけど、春は日本で桜を観たいから帰ってきたいの。姉の法事もあって明石にも帰る予定もあるから。その後にまた電話をちょうだい」ってことで電話を切った。私は「やった!やれる」と小躍りした。なんせ話好きだし、引き出しはいっぱいある。気に入ってくれれば何回でもできるのではと思った。しかし、桜が散った頃にいくら電話しても通じなかった…それで招聘を諦めた。後で聞けば、その頃から体調は良くなかったようだ。その後も何度も電話したが、出てくれることはなかった…。


※最後に私が撮った元子さん。馬場さんの17回忌の後楽園ホール。

 元子さんとはいろんな思い出がある。ファンクラブ『エル・アミーゴ』時代、我々のために名古屋のガイジン側のホテルをツインルームで3部屋も取ってくれたことがあった。そのシリーズを盛り上げた我々へのお礼だった。

 『ゴング』編集部時代にはいろいろあった。私のために『最強タッグ』の期間中に誕生日の食事会をしてくれたこともあった。プレゼントされることよりも、振る舞うほうが好きで、記者席に軽食や甘味をよく持ってきてくれた。愛知県体育館で元子さんから貰うまで「天むす」というものが世の中にあることを知らなかった。

 衝突もたくさんした。何度お説教を食らったことかわからない。全日本の会場の敷居を跨ぐのが嫌で嫌でしょうがない時期もあった。入口で「あーら、何しに来たの」なんて何度も嫌味を言われた。取材拒否を受けた時や、こっちがミスをした時に謝りに行くのは、いつも編集長やそれに準じる役職の私だったような気がする。謝っても、謝っても、元子さんは容赦なかった。怒りを通り過ぎて泣き出してしまったこともあった。

 私だけではない…これほど敵が多い女性を私は知らない。挫折して周囲から消えていった人は数知れず…だ。亡くなった方に大変申し訳ない話だが、正直、呪ったことさえあった。「私はもう知らない。後は馬場さんが決めます」と言われて、最終的に馬場さん本人に許してもらったことが何度かあった。今だから言えるけど、竹さんと板挟みになった時期もあった。そんな時には、どちらも私を気遣ってくれた。

 元子さんにはいろんな思いがあったけど、個人的に憎まれたのではなかった。比率からしたら私の場合は可愛がられたほうが上だった気がする。馬場さんが亡くなってからは、こっちから逆に何かしてあげたい、ケアしてあげたい気持ちを起こさせた。それがなぜなのか、不思議だ。

 馬場さんの菩提を弔うために四国八十八ヵ所巡礼に誘ったら、喜んで来てくれて一緒にお遍路の旅をしたこともあった。元子さんの性格を読み取れるようになると、何をすれば喜び、何を言うと怒り出すかがわかり、逆にこれほど気楽で魅力的な人はいないと思った。私も自分自身、やっとその域に到達したのか…と勝手に悟った。

 馬場さん存命中は馬場さんを守って自分がヒールになりきり、相手がどんな大物であろうが正面から対処して来た元子さん。この夫婦はまさに二人三脚で歩んできた最強タッグチームだった。そこには、あの馬場夫妻が“世の中で最も恐れた”竹さんの知恵が必要だった。この先は馬場さん、元子さん、竹さんの三人でゆっくり天国のORIGAMIで語らってほしいなと思う。昭和の大事な1ページが終わってしまったなあ…と思った。改めてブルーノと元子さんのご冥福をお祈りしたい。合掌。



 さて、栗栖さんとのトークショーが1週間後に迫って来た。本当は坂口さんより先に“史上最凶日本人ルード”栗栖さんのことを予習するコラムも書きたかったけど…あっという時間が迫って来てしまった。おそらく、みなさんが長年抱いてきたプロレスラー・栗栖正伸に対する認識、イメージは5月3日でガラッと変わるはずだ。

 当日は久々にオークションをやろうとも思う。栗栖さんに何か出品できるものはあるのか電話で訊ねると、「ベルトがあるね。ハワイでヒロ・ササキと組んで獲ったオールポリネシアン・タッグのベルトが。それからジャパンプロレスのTシャツは、着たやつもあるし、新品もある。新日本のもあるよ。ジャージとかもあるな。まだ着られるやつよ。マスクもいろいろあったんだけど、まだ見つからない。もっと探してみるよ」とのこと。

 おおっ、何か、大阪の栗栖屋敷からお宝がいっぱい出てくる可能性があるぞ。私からは貴重な昭和のスーパーカードのチケット(非売品を含む)を数点上場する予定。当日をお楽しみに!

『ビバ・ラ・ルチャVol. 36「アンタら、俺を怒らせるなよ! 〜嫌われ者マサノブ・クリスの喧嘩旅〜」』
■日時 2018年5月3日(木祝) 開場12:30 開始13:00
■会場 新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
■チケット 3000円(当日3500円)※飲食費別
■ゲスト 栗栖正伸
■ホスト “ドクトル・ルチャ”清水 勉
■司会進行 パニコXX
■電話予約 ネイキッドロフト03−3205−1556(16:30〜24:00)






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