[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[8.16]『砂の器』の終わりなき旅

 先週の日曜日はオーチャードホールで映画『砂の器 シネマコンサート』を鑑賞する。妻とコンサートに行くなんて何年ぶりかなあ。映画というのか、コンサートというのか、シネマコンサートというものに行くのは、これが初めて。以前にも一度書いたと思うが、映画『砂の器』(監督:野村芳太郎。原作:松本清張、脚本:山田洋次&橋本忍)は、私と竹内(宏介)さんの間を親密にしてくれた大切な映画。作品は1974年に封切りされたのだが、その後、何年間も劇場上映された。そのたびに何回竹内さんと観に行ったことか…。観た後には、必ずああだこうだと議論し合ったものだ。今から思うと警視庁の今西巡査部長役(丹波哲郎)と若手刑事の吉村役(森田健作)の関係が、竹内さんと私のスタンスによく似ているように思える。


※入口でもらったチラシ。パンフはなかった。

 ゴングでバイトをして後にベースボール・マガジン社に入社した宍倉清則クンもこの映画のファンで、台本まで手に入れて一緒にセリフを暗記してマネをしたものだ。私はプロレスの取材の合間にロケ現場を歩いて回った。映画の冒頭の出てくる秋田県の羽後亀田。駅や旅館、警察署(実は郵便局)、犯人らしき男が目撃された衣川の橋のたもと、瓜を食べたお寺(普門寺)の山門などを見て回った。都内では八芳園、環七の甲州街道交差点手前、大阪で通天閣に最初に行ったのも、ロケ地の一つだったからだ。それらの私の報告を竹さんはいつも楽しみにしていた。

 そういえば週刊プロレス元編集長の濱部良典さんがこの映画にエキストラとして出ている。丹波哲郎が神田の本屋で地図を買って喫茶店で調べ物をするシーン。彼女を連れてやってきた濱部さんは、丹波さんの後方でタバコをふかしてダべっているというチャラい役。後年、それを本人から聞いて宍倉氏と一緒に興奮した。それでビデオを見直して確認する。

 余談だが、週刊ゴングのメインのレイアウターをしていた吉越清治さんは映画『ビルマの竪琴』(市川崑監督、1985年)にエキストラとして出演している。死体の役だった。その他大勢の死体の一人ではなく、ジャングルでポツンと一人死んでいた兵隊の役で、それを主演の中井貴一が見つける意味深いシーン。採用された理由は「死人のようにやせ細っていているから」だったらしい。確かに吉越さんは普段でもガリガリで、頬もゲッソリこけていた(でも徹夜に強いタフマン)。さらに余談だが、私の息子もエキストラで『デスノート』(2006年)に出た(大学のキャンパスで歩いている学生)。

 話を『砂の器』に戻す。以前に書いたと思うけど、宍倉クンと一緒に本編のストーリー上で最も重要な土地、島根県の亀嵩(かめだけ)に行った。それは我々の念願だった。確か米子市体育館で全日本の取材をした翌日だったと思う(たぶん93年5月)。山陰本線から木次線に乗り継いで奥出雲の山奥へと行く。名前だけでなく、実際にその土地でロケをしているのが凄いと思った。列車の本数が少ないから、現地での滞在時間は1時間くらいしかなかったと思う。タクシーに頼んでロケ現場へ。元浦親子が保護された湯野神社(亀嵩神社)の石段を三木謙一(緒方拳)のように駆け上がり、本殿の床下のしっかり覗いてみた(神社の入口には現在、砂の器の記念碑があるようだ)。時間があれば下久野にあるという駐在所跡や隔離病棟、金毘羅権現の石灯篭にも行けたのに…無念のタイムアップ。

 亀嵩駅の駅舎には撮影当時の記念写真等が飾られていたが、駅のホームに立って宍倉クンと気づいたのは「ここはロケで使われた駅と違う」ということだった。後年、わかったのだが、実際にロケで使ったのは駅舎が亀嵩の2つ先の出雲八川駅、ホームは2つ手前の出雲八代駅だった(悔しい。いつか行くぞ)。帰京した私を見つけると、竹内さんは米子の試合のことは一切聞かずに「カメダはどうした」「カメダは元気か」(劇中の重要なセリフ)と私に迫り、奥出雲の亀嵩の捜査報告に聞き入った。それほど我々の中で『砂の器』は重要な作品だったのだ。

 行きたくて、まだ行ってない重要なロケ地は伊勢二見浦の扇屋旅館(現在は和食レストランらしい)、石川県上沼郡大畑村として劇中で紹介された南砺市相倉の合掌造りの集落。これらは死ぬまでに必ず行って、竹内巡査部長(!)に捜査報告しようと思う。なぜ、そこまで思うのか、この作品にはゴング魂(取材・捜査へのあくなき執念とドラマ性かなあ…)が込められているんじゃないかからと、そんな気になった。もし気になると思った方はぜひDVDを借りて、じっくり観ていただきたい(共感された方はご一報を。きっと、私のようにロケ地巡りの旅に出たくなるはず。それって竹内イズムにある消えゆく体育館&プロレス史跡巡りや、私がやっている山城巡りと同じテンションだと思う)。


※DVDとCDをまた買っちゃったよ!

 猪木vs大木が行われた翌週に封切られたこの映画を、今また、こんな大きな劇場で観られるというだけで感激なのに、フルオーケストラが入って全曲を生演奏するなんて凄いと思った。このシネマコンサートをやるにあたって様々な困難があったようだ。最大の難関はコンサート用の譜面が無くなっていること。映像とシンクロした生演奏に必要な楽曲の採譜と再現をするために大変な努力があったようだ。不思議だったのは、よく観察するとセリフと効果音だけが残って音楽だけが抜かれていた映画になっている点だった。43年前の古い作品だからミックスされた音源素材しか残っていない。その古い素材からセリフと効果音だけ抜き出すという高度な作業が行われたのだ(料金が高いのはそうした技術料か?)。

 それを大画面に映して、手前のステージでは映画本編のクライマックスにも出演した東京交響楽団が全曲生演奏するのだから、これが映画なのか、現実なのか、境目がわからなくなってしまう。特にラスト40分の捜査会議とコンサートのシンクロしたシーンは、まるで自分たちが現場に居合わせたような、舞台上手の影に丹波哲郎と森田健作が待機しているような、そんな錯覚に陥る。この実体験も竹内巡査部長に報告しなくては、と思った(今日、何のことを書いているのかわからなくて“いいね”を押せなかった人は作品を観て、改めてこれを読み返してみて)。

 そうそう、近場のロケ現場では殺人現場となった蒲田付近と、ラストシーンで使用された浦和の埼玉会館も行っておかないとね…。






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