[水]ドクトル・ルチャの19○○ぼやき旅

[8.15]消えたUN1〜3号ベルト

 先週はUNヘビー級選手権のチャンピオンベルトが4本あったという話を書いた。見出しに「!?」を付けたが、もう「!!」だと確信している。今日はその続きの話をしたい(わからない方は先週から読み直していただきたい)。

 日本プロレスから70年秋にロスに送られたベルトは2本。1本は中央プレートの下に黒いフチドリの1号。もう1本は赤フチドリが異常に大きい2号。恐らく1号はロスで後日使ってほしいと思ってプレゼントしたもの。2号はUN王座としてロス地区に馴染ませておいてほしいと頼んだものだったと思われる。

 王者レイ・メンドーサは1号を持ってメキシコに凱旋。2号はロスのオリンピック・オーデトリアム内にあるオフィスに預けられていたのだろう。年が明けて71年1月15日の定期戦からは2号を巻いてロスに登場。しかし、その日を最後に2号は姿を消す。そこから先、何があったのか、全く不明だ。

 2月にメンドーサが王座を剥奪されて、トロスに王座が移動した話は書いた。3月に猪木がロスに来るのに合わせて、ロス側としてはトロスにタイトルを戻しておかなくてはならない。トロスvs猪木のカードにする約束は日本プロレスとマイク・ラベールの間で秋から決まっていたはずだ。だからメンドーサは強引にタイトルを剥奪されたのだ。そうするとメンドーサが2号ベルトを持ち逃げしたことになる。しかし、メンドーサはそんなことをする人間ではない(私はそう信じている)。現にメンドーサは、6月までロス地区に出続けた。その後も毎年ロスにやって来てアメリカス・タッグ王座を獲得(3度)するなど活躍した。同地区への貢献度合いはスポットの馬場や猪木とは大違いなのだ。


※猪木が巻いた3号ベルトには星マークが。

 ロス側は早い時期にベルトが紛失したことを日本プロレスに伝えていると思う。だから慌てて3号ベルトを作って猪木ご一行が持参したのではないかと思う(同行した中にはジョー樋口がいた。もちろん、NETのテレビクルーも…)。猪木は決戦2日前の3月24日、水曜日のTVマッチに出場(vsジ・インベーダー)。カンサスから戻って来たトロスには出来立てホヤホヤの3号ベルトが渡され、カルロス・コルテスなる無名男を血祭りにあげ、「金曜日は猪木を倒して2万5千ドルの賞金も貰う」とテレビカメラに向かって吠えたはずだ。ちなみにその日のセミ前では、前王者メンドーサがボブ・ラムステッドと対戦している。

 そして2日後、26日の定期戦で猪木はトロスから3号ベルトを奪取。当日、セントルイスからNWAのサム・マソニック会長を招いたのは日本プロレスかNETであろう。勝った猪木の腰にマソニック会長がベルトを巻く。それはUNの権威付けには必要不可欠な儀式だった。

 それよりも問題は3号ベルトである。よく見ると、楕円形の地球の両脇に星が浮き彫りされている。それは1号にも2号にもない特徴だった。おそらく、他と区別するために付けた細工ではないかと思う。また黒革のベルトそのものの形状、フォルムが1号、2号とは明らかに違う。

 猪木はこの3号を持って日本へ戻る。同時に女優・倍賞美津子との婚約を合わせて凱旋するという最高の演出をやってのたけたのだ。しかし、4度防衛後、その年の暮れに猪木は日本プロレスを解雇され、UN王座は返上(発表ではNWA本部に返上したことになる)。

 その次の展開へ行く前に1号ベルトの行方について触れておこう。8月末からロス地区入りしたフランキー・レインがパシフィック・コースト王座を獲得する。そこで巻いたベルトがあの1号の改造版だった。「UNITED…」と書かれた所は覆いが貼られ、ベルト自体も本革からベルベットになった。それはメキシコで改造されて証拠である。次のチャンピオンのラウル・マタあたりが改造してきたのではないかと思う。元々、このタイトルはアド・サンテル、エベレット・マーシャル、サンダー・ザボーら獲得したロス地区で最も歴史あるもの。それが60年代からWWAやアメリカスの風下に立たされてしまった…日本のアジア・ヘビー級みたいな淋しいタイトル。それが72年からしばらく日本製のUNモデルになったということ(その後、行方不明。ロスにあったベルト類はなぜかみんな消えちゃうんだよ)。


※フランキー・レインは1号を改造したPCヘビー級王座に。

 さて、猪木が剥奪されたUNを、日本プロレスは坂口に継承させるために次なる細工をする。ベルトをまたもロスにベルトを送って次のチャンピオンの存在を作るのだ(3号ベルト)。日本で発表されたのは1月(日時不明)カナダのバンクーバーで12人トーナメントが行われて、キング・クロー(ドン・クロファット)が新王者になったというニュース。しかし、そんなトーナメントが行われた形跡はなく、1月14日から参戦したクロー(いきなりマスカラスに負ける)にベルトを渡してポーズ写真を撮影してチャンピオンに仕立てたのである。その写真は日本に送られて、クローが新王者である既成事実ができる。

 そして坂口が2月11日にロスに乗り込むわけだが、紛失等でトラウマになっている日本プロレスは念のために新ベルトを作ってロスに乗り込んだ。それが4号ベルトだ。それには星がない。中央プレートも1号のように平面。黒革ベルトのファルムは3号よりもやや緩い。坂口は持参した4号でタイトルマッチをやって王座奪取し、ついでに3号を回収して帰国している。


※坂口はロスで4号で王座奪取。防衛戦は3号でやる。

 坂口の初防衛戦からずっと3号ベルトを使用している。日本プロレスが崩壊後は芳の里淳三氏が持っていて、全日本がNWAに復活申請したということで決定戦が行われる。76年8月の日大講堂でジャンボ鶴田が新王座に就く。その時のベルトも星のある3号が使用された。77年3月のマイアミでのビル・ロビンソンとの奪回戦までは3号ベルトだったが、8月のマスカラス戦には4号ベルトにスイッチしていたのだ。この間の5月のラシク、7月の大木との防衛戦がどっちのベルトだったのかは未確認。ただ、ここでなぜ、3号から4号に交代したのかが問題だ。

 老朽化したから? う〜ん、そんな傷んでるように見えなかったな。これも未確認だが、テレビ朝日の栗山ディレクターが「あのベルトは元々ウチが作ったものだから回収した」と言ったかと言わないとか…。だったら3号ベルトはテレビ朝日側が保管→封印したことになる。それがわかっていたら新間さんあたりが3号を使って全日本を挑発しそうなのになあ。そんな全日と新日がバチバチやっている最中に全日本からテレビ朝日にベルトを返却したなんて、ちょっと信じがたいが…真実はどうなのだろう。

 ともあれ、77年からUNはPWFに対する2番手タイトルとして使われ、インターナショナル王座が81年に復活するとナンバー3タイトルに格下げされる。1人にベルト1本ずつはなあ…と思っていたら、それを今度はまとめ出す。それが3冠。まとまれば、まとまったで1本ずつの歴史や価値がわからずに3冠、3冠と騒ぐ。それで本当に良かったのかなあ…と改めて考える。私はインターを復活させた時にPWFも、UNも封印したほうが良かったのではと思っている。ああ、それにしても2号と3号はどこに行ってしまったのかな。4本の中で一番価値のあるのは猪木、坂口、鶴田が巻いた3号だと思うのだが…いかが。



『ビバ・ラ・ルチャVol. 37 嗚呼、愛しのゴング創刊50周年秘話 〜そして誰もいなくなった〜』
■日時 2018年8月26日(日) 開場12:30 開始13:00
■会場 新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
■チケット 3000円(当日3500円)※飲食費別
■出演   “ドクトル・ルチャ”清水 勉
■司会進行 パニコXX
■電話予約 ネイキッドロフト03−3205−1556(16:30〜24:00)







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