[9.26]笑わないメキシコ人

 先週に引き続き、クリスチャン・シメット主催の『EXPO MUSEO LUCHA LIBLE』(メキシコシティ、ワールド・トレード・センター=9月14〜16日)の後半の模様と、残るメキシコ滞在について報告しようと思っていたが、ちょっと方向転換。初日14日の夜はアレナ・メヒコでアニベルサリオ。その日に再会した男について書きたい。


※アニベルサリオ85はひとまず満員! よかった。

 14時開始のエキスポ初日は19時で閉館(翌日からは10時〜20時)。アニベルサリオが20時半からあるためだ。急いでアレナ・メヒコへ移動。85周年記念大会のこの日、日本人記者の登録は私だけだった。8月まで煽っていたカード(L.A.パークvsルーシュのマスカラ・コントラ・カベジェラ)が変更されてしまったためか。確かにルーシュ組vsボラドール組のカベジェラスでは興味半減だ。

 問題はL.A.パークのネーミングライツとマスカラ戦等の権利をAAAが所有していたためだった。ならばパークを最初から使うなよ!と言いたい。パークに限らずこうしたAAA絡みのフリーの人気選手に頼らず、CMLLは自前の選手で勝負すべきだ。結果、このカードになったわけだから、最初からそうすべきだったと思う。なにもアニベルサリオ=マスカラ戦でなくてもいいのだ。本来ならば、アニベルサリオ=タイトルマッチでいいのだ。CMLLに限らず、メキシコマットは一昔前のようにタイトルの価値を上げなければ駄目だと改めて思った。

 CMLL85年の歴史の半分近くを観て来たご意見番(気づくともう私よりキャリアのある記者はこの国にいなくなっている)として、ブツブツ呟きながら、会場に入ると、ほぼ満員状態だったので胸を撫でおろす。いろいろ物議を醸しだしたが、毎週このくらい入ってほしいと思った(翌週の定期戦は半分くらいの入り)。指定された私の記者席へ行くと2つ隣に老舗『ボクス・イ・ルチャ』誌のフランシスコ・カマチョ編集長が座っていたので、「オラッ」と…突いて挨拶する。最盛期には6誌あったルチャの専門誌は、今やこの1誌だけになってしまった。カマチョ…この男とはいろいろ因縁があった。正直、好きになれない男だった…。

 あれは1998年3月。私はファンを引き連れてメキシコ・ルチャツアーを決行した時だった。エル・コルティホ闘牛場で我々のためにマスカラスがプロモーターのブラックマン2号をプッシュして予定外の興行を打ってくれたのだ。メインはマスカラス兄弟&ヘビー・メタルvsアビスモ・ネグロ…というカードだったと思う。

 控室近くの涼しげなスペースで、私はその男に呼び止められた。フランシスコ・カマチョと名乗る男は私よりも10歳くらい上か…。『ボクス・イ・ルチャ』誌といえば、リカルド・モラレスという友人の辣腕記者(編集長にもなった)が70年から80年代にいて、私もアミーゴだったが、最近は姿を見ない。そのイメージで同誌には好意を持っていたのだが、この男はしかめっ面をして私に文句(?)を言ってきた。

「お前がどうしてドクトル・ルチャなんだ」。私は絶句する。この国の人間はみんな明るく陽気に接してくれるのに、この鬼瓦のような面をした男は大人げない質問で私に迫ってきたのだ。「私には納得できない。なぜだ」と言う。「なぜだ」と言われてもなあ。「自分で名乗ったわけじゃない。アメリカのデビット・メルツァーというマニアコなプロレスライターが私のルチャに関する知識力に舌を巻いて、そう呼んだからだ」と丁寧に説明したが、最後まで“お前がか!?”って感じで、最後まで私を睨みつけた。笑い顔は一切なかった。

 その後も何度かメキシコへ行って彼と会場ですれ違うが、特に親しく話すことはなかった。ところが、調べものをするために2013年に『ボクス・イ・ルチャ』誌の編集部を訪れた。昔はセントロ(シティの中心地)にあったが、今は空港の近い…いや、あのコルティホの近くだ。カマチョは相変わらず、しかめっ面のまま私を迎えた。普通出会いのシーンでは笑いがあるだろ。この男には全くそれがない。日本酒など、たくさんのお土産を手渡しても、顔は怖いままで緩まない…。その顔のまま、同誌の歴史を説明してくれた。聞けば、彼は90年から編集長になって、それ以前は別の仕事をしていたという。私は“なあんだ。たったそれだけのキャリアだったのか”と拍子抜けした。


※2013年に「ボクス・イ・ルチャ」編集部を訪問。左がカマチョ編集長。

 私は60年代のバックナンバーの合本(週刊誌等を一年単位でまとめたハードカバーの本)を見せてもらい、「これらを複写させてもらいたい」と頼むと、「シー」と快諾。しかし、それをジッと見ていたカマチョは30分くらいすると「ここから先は1冊に関して〇〇〇〇ペソ取る」と言い出したのだ。「何っ!」って感じ。払うのは構わないが、それがあまりに法外な額だったので「ならばもういい」と早々に退散した。翌年、私がメキシコを訪れた時も某選手を通じて「複写をデススカウントするから編集部に来ないか」というようなカマチョからの誘いもあったが、断る。

 私が今回、記者席で試合を観戦していると、明らかに私を撮るためにプロの女性カメラマンがやって来てカメラを向けた。思わずカメラに向かってポーズを取る。彼女は満足そうな笑いを浮かべて去っていた。試合はルーシュ組が勝って、負けたボラドール組が髪を切った。少し長いが、いい内容だった。

 翌日、奥村選手から電話があった。「清水さん、ボクス・イ・ルチャに載っていますよ」とのこと。あの女性カメラマンは『ボクス・イ・ルチャ』誌だったのかと思った。カマチョが彼女に携帯で連絡を取って、私を撮るように指示したのだろう。街角のキヨスクで同誌を買う。おお、出てた。20年前に、喧嘩を売って来た(?)鬼瓦野郎が私を認めたことに満足した。


※「ボクス・イ・ルチャ」誌3351号に掲載された私だが…。

 翌週金曜日のアレナ・メヒコ定期戦の後に控室前でカマチョに出くわす。「本に載せてくれて、ありがとう」と私から礼を言うと、「はい、トマス・シミス、どういたしまして」と向こうから握手してきた。その時に気のせいか、軽く笑ったように見えた!? ところがである。このコラムを書くために改めて掲載誌を見てみると、キャプションに「ルチャのコレクターのロベルト清水が観戦」と書かれているじゃないか。ロベルト清水さんとはメキシコシティ在住の著名な日本人商社マンで、サントのコレクターとしても名を馳せた人物(私も前回、空港でお会いした)。誰が書いたか知らないが…おい、コラ、カマチョ、間違っているじゃないかよ!いい加減にドクトルと認めろよ。いや、それ以前の問題だな(笑)。


『ビバ・ラ・ルチャVol.38 嗚呼、愛しのゴング創刊50周年秘話Part2〜竹内学校 鉄の掟〜』
■日時 2018年10月6日(土) 開場12:30 開始13:00
■会場 新宿・ネイキッドロフト(東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F)
■チケット 3000円(当日3500円)※飲食費別
■出演 “ドクトル・ルチャ”清水 勉
■司会進行 パニコXX
■電話予約 ネイキッドロフト03−3205−1556(16:30〜24:00)






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