第77回 最初の感覚

 何かあると、初心に戻ろうとするのは僕の悪い癖。この連載コラムでもことある毎に、「初心を思い出した」なんて書いてきた気がする。でも、最近も同じような経験をしたので、「またかよ!」と思った人は、見て見ぬフリをしてもらいたい。
 先週、篠原美也子さん&榊(橘)いずみさんのライヴに行ってきた。この2人の名前を聞いて、ピンと来る人は少ないと思うが、僕にとっては10代の頃からずっと歌を聴いてきた思い入れのあるアーティストたち。正しい表現ではないかもしれないが、僕の脳内では“松田聖子と中森明菜が2人でライヴを開催した”ぐらい大きな出来事だった。
 先日、あるテレビ番組で「子供の頃に食べていたお米が、どんな高価な品種よりもおいしいと思うものだ」なんて話をしていたのだが、まさに僕にとってこの2人の歌がそう。耳に馴染むし、これまでのいろんな思い出が声を聞いた瞬間に蘇ってくる。それは、どんなに売れたアーティスト、どんなに有名なアーティストからも得られない感覚なのだ。
 では、プロレスの場合はどうだろうか。そんなことをふと考えた。子供の頃に食べていたお米=10代の頃から聴いている歌手=プロレスを好きになったキッカケ、そしてその時の感覚。ちょっと話がずれているような気もするが、今回はそんなことをテーマにしてみたい。
 僕が四天王時代の全日本プロレスに熱中していたことは日曜のコラムを読んでもらえれば分かると思うが、その前にも実はプロレス中継に触れている。……とここまで書いてきて思い出したのが、こんな話も何度かコラムで書いてきた気がするので(笑)、今回は簡潔に表してみよう。

女子プロレス中継をたまたま見るも、ダンプ松本に恐怖を感じただけで終わる→小学校中〜高学年の頃、WWF(現WWE)のアーケードゲームにハマリ、ビデオレンタルで『レッスル・マニア』等のビデオを借りるも、本数が少なく、すぐ飽きる(ちなみに好きだった選手はアルティメット・ウォリアーとジェイク・ロバーツ)→中学1年の頃、土曜の夕方に放送されていた新日本プロレス中継を偶然見て、レイジングスタッフの胡散臭さに興味を持つ→友達に話したら、「全日本の方が面白い」と言われて、全日本プロレス中継を見る→超世代軍にはまる。

 と、まあ、こんな感じ。掘り下げてみると、「胡散臭い」という部分で興味を持った僕が、最終的にはスポーツライクな全日本にはまったというのは面白い部分だと思う。そして、最初のとっかかりになっている「胡散臭い」という感覚が実は今も活きている。
 先週、ある取材の席でハッスルを主戦場としているTAJIRIと話す機会があった。記者会見などを取材したことはあっても、個人的に話したのはコレが初めてのこと。自分がどうやってプロレスにはまったのかを考えていた矢先の出来事だったので、TAJIRIにも何がキッカケだったのかを聞いてみた。
 TAJIRIは最初プロレスファンだったものの、その後はキックボクシングに傾倒したことで離れていったが、そこから再びプロレスに舞い戻るキッカケを与えてくれたのは浅井嘉浩だったという。TAJIRIはプロレスラーになることに、「強くなりたい」という思いよりも「凄いこと、華麗なことをしたい」という思いを持っていたようだ。今現在のTAJIRIを見ていると、浅井に感じた感覚がレスラーとしての根幹になっているのがよく分かる。
 もう1人、同じ質問をリアルジャパンの会見に出席していた高岩竜一にも聞いた。高岩は「佐々木健介さんです」だという。健介のとんがった感じが好きだったらしい。高岩が現在36歳だということを考えると、それこそ長州力だったり、もっと上のアントニオ猪木やタイガーマスクを挙げる方が普通だと思うが、もともとプロレスファンではなかった高岩は、タイガーマスクの試合をほとんど見たことがないとか。高岩は新日本出身なのに、同世代の選手と比べてもストロングスタイルという言葉があまり似合わないが、猪木への憧れではなく、健介のファイトスタイルに影響を受けていたと考えると、物凄く頷ける話だ。
 こんな風に、「プロレスファンになったのは何がキッカケで、どんな部分に魅力を感じたか?」という質問は、どんな選手、関係者、そしてファンにしても、とても面白い問いかけなんじゃないかと思う。一番最初に感じた感覚は、やはり今でも根っこの部分に繋がっているはずだ。皆さんもぜひ「自分がプロレスを見るようなったキッカケ」を今一度考え見て欲しい。意外と、そんなところにプロレス復興のアイデアがあるかもしれない。




<<Back  Next>>
[終了]村上謙三久の『ファン上がり記者』トップ
(C)辰巳出版