第78回 チキンレース

 NOAHのテレビ中継が3月いっぱいで終了することが正式に発表された。僕はこのニュースを携帯電話の待ち受け画面に流れるニュース速報で知ったのだが、「今の世の中、まだプロレス中継が終わるということが速報になるぐらい大きな意味を持っているんだ!」と逆の意味で驚いたというのが正直な感想だ。
 以前も書いたが、景気がいいのならいざしらず、こんな大不況では伝統や思い入れなんて二の次になってしまう。考えてもみてほしい。もし、自分の命を救ってくれた大恩人がいたとして、「今、お金に困っているから、毎月1万円だけ俺にくれないか?」と言われたとしたら。現時点なら「喜んでやりますよ」と言えるかもしれないが、果たしてこの不況が続く中、数年後も「喜んで」と言える人がどれだけいるだろう。給料が半分になり、仕事が無くなった状態なら、そんな風に他人のことなんて親身になってやれないというのが、人間の素直な考え方だ。
 これはある意味、今のテレビ業界とプロレス団体の関係にも当てはまるはず。できることといえば、お互い文句を言わず、これまでの繋がりをちゃんと意識した上で、感謝の念をしっかりと表すことぐらいしかない。そして、現状を粛々と受け入れるのみだ。
 これはなにもプロレス団体だけのことではない。例えば、僕が携わっている出版業界も、数年前に比べて入る広告費が激減し、様々な雑誌がにっちもさっちも行かない状況に追い込まれている。必死に内容を良くしようと悪戦苦闘を繰り返して、やっといい結果が見えてきたかと思ったら、すぐさま他の媒体に真似をされて、あっという間に元の状況に押し戻されてしまう。
 まあ、Gスピリッツという雑誌はある意味、隙間産業的に成立しているので、そういう部分をそこまで意識しないでも済んでいるが、これが格闘技雑誌となるとそうはいかない。
 現在、格闘技関連(総合とキックの他に柔術などその他の格闘技まで網羅したもの)の雑誌は格闘技通信、ゴング格闘技、kamipro、Fight&Lifeの4雑誌が凌ぎを削っている。棲み分けがまったくないわけではないけれど、それは本当に些細なことで、4つの雑誌に同じ選手が載る可能性だって低くないのだ。僕はこのうち3誌を購読しているが、内容がどんどん濃くなっていて、なかなか読み終わらない。昨日やっと先月号をすべて読破したぐらいだ。
 もし、1つの雑誌しかなければ、そこまで必死に内容を高めたり、わざわざ海を越えて取材に行く必要はないかもしれない。しかし、今や1誌が海外取材をしたら、他の媒体もしないわけにはいかないし、大晦日興行のようなビッグマッチがあれば、その主要登場人物をインタビューしないわけにもいかない。
 僕も日常的にプロレス関連のインタビューを読んで、自分が取材する時はできる限り内容が被らないようにと心がけているが、これが同時期に取材し、同時期に本を発売するとなると、被らなくする方が難しい。そんな中で、自分たちの雑誌の優位性をアピールし、他が拾えない情報を載せるための苦労というのは、同じ編集者として同情を感じずにはいられない。まるでどこがが脱落するのを待っているチキンレースみたいなものだ。
 ただ、一読者として考えると、一概に悪いとは言えないのが面白いところ。こうやって切磋琢磨すれば、詰め込まれる情報量はさらにアップするし、当然読み物としてのクオリティも上がる。読み比べて、その言葉たちの中でうまくバランスを取っていくと、今まで以上にリアルな選手の本音も見えてくる。もちろん格闘技界全体のうねりや空気感みたいなものまで、最前線で取材していなくても、少しずつ見えてくるのだ。例えば、最近ゴン格誌上で展開されている柔道界への提言はまさしくそういう中から生まれてきたもので、Gスピリッツでも扱いたくなるほど面白い内容になっている。編集者の立場からすればたまったものではないかもしれないが、不況という状況を取っ払えば、今、格闘技マスコミのレベルは格段に上がってきているのではないだろうか? マスコミだけでなく、選手たちの意識や戦い方も恐ろしいほどのスピードで進化しているのが、今の格闘技界なのだろう。
 格闘技界に比べると、プロレスマスコミ、そしてプロレス界全体は、そういうチキンレースがうまく作用しているとは言い難い。今週末に迫ったNOAH武道館大会も、いいカードが並んでいるが、僕的にはそれこそドーム興行に負けないぐらいすべてのタイトル戦を集中させるんじゃないかと考えていた。GHCタッグもGHCジュニアタッグも新たな流れがすでに見えている。これを次のシリーズにつなげるのではなく、すべて使い切るぐらいの覚悟で挑んでくるのではないか? そんな風に思っていた。
 それを避けたのは、NOAHなりの意地なのか、それとも余裕なのか、やせ我慢なのかは分からない(もちろんなんでも詰め込めばいいというわけでもないが)。ただ、とにかくレスラーたちに期待したいのは、本当にシンプルなこと、“プロレスをする”ことだ。観客たちが席を立ち、武道館を後にする時、必ず興奮した表情で帰路につかせること。友人と一緒なら「今日の試合は凄かったな」といつまでも尽きることなく話すように。もし、個人で観戦に来たファンなら、思わず歩きながらブログを書き始めてしまうぐらいに。それを目指すのではなく、それを必ず実践して欲しい。このタイミングでのビッグマッチ。ファンを満足させることは、越えなければいけない条件ではなく、越えているのを前提にしなければいけない。




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