第54回 もう未来の戦いは始まっている

 9・8日本武道館大会で佐々木健介が森嶋猛を破り、“NOAHの至宝”とも言われるGHCヘビー級王座が他団体に流失してしまった。ただ、会場内のムードは「事件」「激震」「非常事態」なんて言葉とはほど遠く、健介が史上初のメジャー3大王座を獲得したことへのお祝いムードが漂っていた。それこそ逆に他団体からベルトを取り返したようにガッツポーズを作って健介の勝利に喜ぶ観客もチラホラ。とても心地よい雰囲気で大会が終わった。
 これは単純に「森嶋よりも健介がベルトを持っていた方が面白い戦いが見られる」と観客が判断したからこその現象だろう。健介がそれだけNOAHファンとの間に信頼関係を築いてきた証拠でもある。対抗戦ムードがほとんどなかった時点で、ある意味、健介はNOAHに勝っていたのだ。それは佐々木健介の素の感情が観客に伝わったからだろう。
 森嶋は健介のそんな素の部分に負けてしまった気がする。序盤は明らかに森嶋ペースだったし、王者としての強さを発揮していた。パワフルな動き、重たい攻撃、意外なスピード、すべての面で森嶋が押していた。
 しかし、時間が経つほど健介がペースを握り始める。森嶋の圧倒的な強さは姿を隠し、後手に回ってしまう素の森嶋猛が見えてきてしまった。それが結果的に敗北につながってしまった。それこそ年間ベストバウトだって充分狙えたはずのこの一戦も、森嶋の素が見えた時点で限界が見えてしまった。
 以前、このコラムで僕は“森嶋がROHで積み重ねてきた貯金をすべて使い切ってしまったのではないか”と書いた。ただ、それこそメッキが剥がれてしまった森嶋が、以前の森嶋から成長していないのかと言ったら絶対に違う。森嶋は王者を経験したことで確実に成長したし、この試合から足らない部分も見えたはず。目の前に大きな壁があったということは、越えなければいけないものがあることの証であるのと同時に、まだ伸びしろがある証でもあるのではないかと思う。
 次期挑戦者はモハメド ヨネに決まった(ヨネについては次回のコラムで書いてみたい)。その先に名前が挙がるのは、健介と若手時代から関係の深い小川良成、シングル戦線での浮上も明言している秋山準、さらにタッグ王座からステップアップを目指す齋藤彰俊、バイソン・スミスあたりが考えられる。当然、健介は全てを乗り越えて、小橋建太の帰りを待とうと考えるだろう(小橋についても次回のコラムで)。新世代の選手の名はそうそう挙がりそうもない。
 森嶋は敗れたばかりで、力皇はその森嶋に負けている。丸藤もKENTAも健介との直接対決で敗北を喫しており、少なくとも来年までは挑戦者候補に名を連ねることはないだろう。
 今、NOAHマットには様々な動きが巻き起こっている。全日本や新日本との絡み、健介のベルト奪取、小橋の欠場。それぞれがどんな顛末を経て、どこに向かっていくのかは分からないが、すべてが集約されて新しい価値観が生まれるのは、やはりもう一度新世代と呼ばれる選手がベルトを獲った瞬間なんだと思う。
 思えば、三沢だって初めての三冠王者になった時はブーイングを浴びた(93年10月のハンセン戦)。川田は三冠王者になっても三沢より上とは認められなかった。小橋だって新世代宣言をぶちあげたのは、実は2度目の三冠戴冠時だ。最初のシングル王者という経験はどのレスラーも一様に苦いものになっている(秋山は除く)。
 先輩を破り、ベルトは巻いたけれど、重圧に押し潰され、苦しい戦いばかりを経験し、最終的にはファンに認められぬまま、タイトルを受け渡してしまった。これは森嶋だけじゃなく、力皇にも丸藤にも当てはまる。でも、それでも彼らは、先輩たちがそうであったように、もう一度頂点を目指そうとするだろう。下からは潮崎豪だって迫ってくる。そんな中で、誰がNOAHの中心に立つのか?早くも丸藤は新しい動きを見せ、力皇はタッグタイトル奪還を目指し、森嶋も再起を表明している。もう戦いは始まっているのだ。




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