第56回 あえぐ男たち

 最近は様々な雑誌の会議に出席するようになったが、“企画会議”なんて響きは良いけれど、実際のところ、一般の人が持つような洗練されたイメージとはかけ離れているんじゃないかと思う。
 とにかくダラダラとよもやま話が続く。まったく中身のない雑談をしていく中で、ちょっとした光明から話が広がり、やっと特集やインタビューの内容が見えてくる。かと言って、数時間ほど経つと、さっきの盛り上がりが嘘のようにバカバカしくなり、また振り出しに戻ったりもする。そんなことを繰り返して、やっとその号のフォーマットが漠然と決まるのだ。
 Gスピリッツもそんな感じで、会議自体は5、6時間かけるが、基本的には雑談をしているだけに等しい。善良な一読者がその場にいたら、「お前ら、くっちゃべってないで、早く仕事しろ!」と怒り出すかもしれない。ただ、そういう無駄な時間から大きなアイデアが生まれてくるのもまた事実なのだ。
 自分なりにいつもいくつか企画は考えているけれど、それが日の目を見ることはほとんどない。以前、KENTAをインタビューした時に「丸藤とKENTAを絡めた企画をしたかった」と書いたことがあったが、今回は僕がGスピリッツ創刊当初に温めていたものの中から、今となってはその企画自体成立しなくなってしまったが、思い入れのあるアイデアを紹介したい。
 タイトルはズバリ『あえぐ男たち』、または『もがく男たち』でもいい。まあ、分かる人が見たら、「お前は好きな沢木耕太郎の影響を受け過ぎだ」と突っ込まれるかもしれないが(気になる人は沢木耕太郎さんの『敗れざる者たち』『王の闇』『一瞬の夏』を読んでください。僕がやりたかった雰囲気を掴んでもられると思います)、メジャーと呼ばれる団体の中で、うまく立ち回ることができず、空回りしてもがいている選手たちを取材したいと思っていたのだ。
 NOAHからはよく僕のコラムに登場する橋誠。新日本からは山本尚史。そして、全日本からは土方隆司を僕の頭の中ではピックアップしていた。
 3人に共通しているのは、団体やファンが感じているその選手の姿と、本人が思っている自分自身の姿にギャップがあるということ。自己評価の方が他者評価よりも勝っていた部分だ。
 いい方向にそれが出れば、プロレスラーらしいビッグマウスに繋がり、話題を呼ぶこともあり得るけれど、逆に言えば、ただの“勘違い野郎”になってしまう可能性もある。彼ら3人はちょうどその中間点にいるように僕には見えていた。
 橋は怪我から復帰を果たし、泉田とのコンビで成り上がろうと必死にアピールしていたが、やっぱり壁にぶつかっていた。いくら刺激的な言葉を吐いても、「じゃあ、リング上はどうなんだ?」と言われたら、反論する余地はほとんどなく、しかもその後、再び長期欠場に突入してしまった。
 土方は何度かタイトルに挑戦してもモノにすることはできず、懸命に危険な香りを持つレスラーになろうとすればするほど、余計に武藤・全日本の中で浮いてしまっていた。
 山本は中邑真輔、棚橋弘至に続く新世代・第3の男になろうとしていたが、なにかが欠けているように見えた。キックを多用するストロングスタイルらしい戦い方をしても、どうやっても永田裕志には敵わず、何度かでかいことをぶち上げたが、実績や内容がついてこない。フィジカル的にも変化を見せきれずにいた。
 厳しい現状をオブラートに包むことなく彼らにぶつけ、そこで沸々とわき上がるであろう感情の中に真実を見出せるんじゃないだろうか、というのがその時の僕の考えだ。まあ、実際に実現していたら、面白い内容にはなったかもしれないが、やはり読者の引きにはならなかったかもしれない。
 もうこの企画を考えていたのも1年前になる。それぞれが置かれている状況も大きく変わってきた。
 山本はいい方向に進んだと言ってもいいかもしれない。海外に武者修行に旅立ち、最終的にWWE入りの切符を掴んだ。現実的にはまだスタート地点に立っただけで、WWEに通用するとは限らないし(それどころか使い捨てにされる可能性の方が高いぐらいだろう)、今後も苦しいことに代わりはないが、それでも大きな一歩になったのは間違いない。現時点の山本がレスラーとしてどれだけできるのは分からないが、まったく違うレスラーに変貌していることだってありえるだろう。
 橋もレスラーとしては一番駄目な状況とも言える“欠場”からは抜け出すことができた。白GHCに挑戦することも決まっている。山本のようにそれを大きな一歩にするのは簡単なことじゃない。でも、落ちるところまで落ちていたわけだから、レスラー生命を懸けてでも、やりたいようにやるしかない。
 そして、僕が一番気になっているのは土方の置かれている状況だ。一見すると、世界ジュニアヘビー級王者となり、順風満帆にも感じられたが、次期挑戦者が丸藤正道に決まったことで、微妙な立場になってしまったような気がする。
 土方は本当に少しずつ、自分の立ち位置を築いてきた。丁寧に丁寧に、圧倒的な力の前に吹き飛ばされようとも、それでも一から必死に積み重ねて、やっとジュニア王者になった。
 ただ、そんな風に辿り着いた地位も丸藤という天才(あまりこの言い方は好きじゃないが)を前にすると、あっさりと壊されてしまうのだ。
 前回のコラムで、佐々木健介というGHC王者を目の前にして、挑戦者であるモハメド ヨネが勝つと予想している人は皆無に等しいと書いたが、土方の場合はもっと酷だ。王者なのに、挑戦者・丸藤に勝てると思っているファンはほとんどいない。王者を飛び越し、「誰が丸藤からベルトを奪えるんだろう?」なんて論議にまで発展している。
 そんな状況下で土方のインタビューを読んでいると、やはり「団体やファンが感じているその選手の姿と、本人が思っている自分自身の姿にギャップがある」ように見えてしまう。王者として威厳を保ち、凛々しくたち振る舞おうとしても、どこか必死に取り繕っているように見えてくる。
 ヘタをすれば、挑戦者が王者らしいファイトをして、あっさりとベルトを持っていってしまうかもしれない。土方にとっては一世一代の大勝負かもしれないが、それを丸藤はいとも簡単に飛び越えてしまうかもしれないのだ。
 橋だって山本だってそうだけど、やはり土方は未だにもがいている。止まってしまえば楽かもしれない。必死に先へ進んでも、待ちかまえているのは苦難や苦闘だけかもしれない。でも、彼らがもがいた中で、掴んだ“何か”を、僕は見極めてみたいと1年前から変わらずに思っている。




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