第64回 チケット営業

“女子格闘家はチケットの手売りをしない。果たしてそれでいいのか?”なんて話題が一部で盛り上がっているらしい。そんな記事を専門誌やネットでたまたま読んだだけなので、詳しい内容やニュアンスは分からないが、「売らなきゃいけないに決まってる」というのが僕の意見だ。
 こんなこと当たり前の話だが、プロ格闘技は見てくれる観客がいるからこそ商売として成立している。実際に会場に行くならチケット代が、テレビ中継やPPVで観戦するなら放送権料が、運営側に入り、そこからファイトマネーとして選手に行く。簡単に言えば、“強いから、試合で勝ったから儲かる”なんてわけじゃなく、“お客さんがお金を払ってくれたから、儲かる”というわけだ。極端な話、60億分の1と言われるエメリヤーエンコ・ヒョードルでも、1人のお客さんも試合を見てくれなければ、その強さは『プロ』という観点で言えば無意味なわけで、素人に毛が生えた程度で、連敗続きの格闘家でも、1万人の強力なファンがいれば、その時点で格闘家として生活できるようになる。
「そんなこと誰でも知ってるだろう!」というツッコミが聞こえてきそうだが、プロレス&格闘技業界は社会人経験やバイトすらしたことがないまま入ってくる人も少なくなく、業界内のルールしか理解していない人も多い。「10万円の給料をもらうためには、10万円以上の利益を会社にもたらさなければいけない」なんていう単純な理屈が掴めず、「俺はなんでこんなに頑張っているのに、ファイトマネーが少ないんだ」という考え方になってしまう。世の中は頑張りではなく、あくまでも成果を評価して報酬を与える。目に見えない、形にならない成果というものも当然あるが、意外とこのあたりが欠落しているのが、この業界なのかもしれない。
 理想という言い方はあてはまらないかもしれないが、ボクシング界の例を見てみよう。ボクシングはC級、B級、A級のライセンスがあり、4回戦、6回戦、8回戦、10回戦とR数も順に上がっていく。4回戦のファイトマネーはせいぜい2、3万円程度。しかも、現金ではなく、チケット払いなんてことも多い。
 チケット払いとは、ファイトマネーと同金額程度のチケットを代わりにもらうこと。つまりはそれを売らないと自分の儲けにならない。このあたりの事情はキックボクシングも同じだろうが、ボクシング自体を好きで定期的に会場へ足を運ぶファンが少ないだけに、最近だと亀田興毅や畑山隆則レベルでもない限り、ボクサーは自らの人間関係でチケットを売らなければ、自分が食っていけないのだ(それは内藤大助レベルでも言える)。常に一定以上のチケットをさばけるなら、ジム側としっかりとした契約を結ぶこともあるが、そんな例は極めて少ない。つまりボクサーは自分のチケットを売るための営業マンを兼ねなければならないのだ。
 もちろん人によって意識はまちまちだし、当然強さも伴わなければ試合の機会さえもらえないので、一概にすべての選手がそうとはいえない。「それはきついよなあ。そんなためにボクシングをやっているわけじゃないのに」なんて考えもあるが、あるジムの会長はこんな話を聞かせてくれたことがある。
「そういう形じゃない契約もジムとしてはできるが、あえてチケットを売らせるようにしている。もちろん苦労が伴うし、大変だろうが、それをやっておけば、人の繋がりが生まれるし、引退した後も営業などの仕事に活かせる」
 これは頷ける話だ。プロレスと違って選手生命が短いボクシングには、ある意味、必要なシステムなのかもしれない。
 反対にプロレスラーの選手生命は長い。確かにハードだし、命を削って戦っていることは間違いないが、ボクシングはさらに危険なスポーツだ。命を落とした人間も1人や2人ではきかないし、開頭手術なんて話もよく聞く。当然プロになるためのテストもあるし、なんとなくダラダラと続けることが許されない。
 だから、比べようもないが、プロレスラーにチケットを売るという意識がないのも事実だ。今週の週刊プロレスで佐久間編集長がドラゴンゲートを例に出して触れていたが、かなりの大物選手でも、凱旋興行をやったところで満員にならないことすらある。たぶんそれは、地元で人脈を広げ、興行に来てもらおうという意識が、プロレス界自体に根付いてない証拠なのだろう。
 ただ、難しい部分もあって、例えばGBHやブードゥー・マーダーズの面々がスーツを着込み、かしこまって、「チケットを買ってください」と地元の企業なんかを回っていたら、興醒めしてしまう。それで応援しにいったら、相手を血まみれにさせて「ウ○コチ○○ン」なんて連呼してたら、「金返せ」と言いたくなるだろう。反対にチャンピオンが「絶対に勝つんで、チケットを買ってください」と毎月のように営業に来るのも、ちょっとクドイというか、「どんだけ自信過剰なんだよ」とツッコミたくなる。
 プロレスラーが一生懸命チケットを売っているのは美談ではあるかもしれないが、それを実際に見てしまうと、今まで遠くて、憧れの存在だったはずのレスラーが、急に身近でありきたりなものになり、本来プロレスが持つはずの神秘性や怪物性、迫力、それから派生する興奮や感動が薄れてしまうような気もする。
 もともとプロレスという分野(特にメジャー団体)はテレビ放送ありきで、地方に行っても、テレビを見て、試合を観戦したいと思っている人たちがいるという前提があって巡業をしていた。その大前提が崩れてきている今、プロレス界は違う方法を作り出さなければいけない。選手自身が営業マンとなり、チケットを売るのもその方法の1つだし、それは営業社員に任せて、これまでにはない形で露出を増やすのだって有りだ。
 まだまだプロレス界は深く掘り起こせばいくらでも改善点がある。「だからこそまだ可能性がある」と言いたいところだが、会社の倒産というものを体験した僕の経験上(苦笑)、ダメになる会社は改善点をほったらかしにしたままダメになり、もうどうしようもないところまで来て、やっと経営者が自己満足的にムチャクチャな方法で改革に乗り出して、それがダメ押しになったりするものだ。プロレスはそのぐらいの窮地まで追い込まれているのが現状だろう。だから、せめて徹底的に改善点を直し、やれる限りのことは試して欲しい。




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