第70回 果たしてプロレスは面白いのか?

※あけましておめでとうございます。今年もGスピリッツ、そして、このGスピリッツモバイルサイトをよろしくお願いします。

 2008年を振り返ると、これほどプロレス会場に行かなかった1年は初めてだったように思う(去年も同じことを言っていたかも…)。総合格闘技のビッグマッチにこそ顔を出していたものの、プロレスに限定すると、20興行にも満たない。プロレスを見るようになって16年。ここまでプロレスと距離を取るようになるとは思わなかった。
 しかし、プロレスについて考える時間はこれまで以上に長かった。Gスピリッツという媒体がそれだけ特殊なせいかもしれないが、かつて専門誌が謳っていた「プロレスについて考えることは喜びである」という言葉をそのまま実践するかのように、毎日プロレスについて考えていたような気がする。もしかすると、やっと僕はプロレス記者になれたのかもしれない。
 Gスピリッツ編集部では本当にいつもプロレスについて語り合っている。スポーツ新聞や格闘技を含む各種専門誌、インターネットのサイトなどに掲載されている記事をキッカケに、「この裏側にはこんな話があるらしい」とか「こんなマッチメイクの方がもっとファンが喜ぶ」とか「もっとこんな風に書いた方がいい」とか、そんな話に発展し、さらに根本的な「プロレスとは?」という話題になることもある。この場で書けないぐらい否定的な意見や過激な言葉も飛び出しているが、そんな風に討論をしている編集部は他にないだろう。
 そういう影響もあってか、僕のコラムも1年前と比べて、厳しい意見が増えてきている。ただ、他の分野などに接していく中で、プロレス界が置かれている状況はそのぐらい厳しいのではないか、と感じることが増えているのは紛れもない事実だ。
 僕が最近いつも考えている命題がある。

「はたしてプロレスは面白いのか?」

 個人的な感覚で言えば、面白くなければここまで追いかけたりしないし、プロレス記者にもなっていない。しかし、そんな感情論ではなく、理路整然とプロレスの魅力、プロレスしか持っていない独自性、他の分野と比較しての優位性、そういったものを証明できるのだろうかと。
 これは簡単なようで難しい。「とにかくプロレスは面白い」と言うのは容易だが、「他のどんな分野と比べてもプロレスは面白い」と評価するために必要な材料がほとんどないからだ。「個人的な趣味、嗜好、好みだ」という方向に逃げたくなるが、そうしてしまうと、「プロレスはただのマニアックなもの」という結論になってしまう。世間とか一般なんていう言葉を使うの嫌いだが、以前は確かにあったはずの、どんな分野・競技と比べても揺らがなかったプロレスの魅力が、今は曖昧になってしまっている。
 僕が2008年すべての興行で一番感情を揺さぶられたのは、『DREAMライト級GP決勝』だ。あの緊張感、絶望感、幸福感を前にしたら、プロレスはまったく太刀打ちできないんじゃないか、そんな風に思えてくる。格闘技の試合は当たり外れがあるし、いつもいい試合を見せることは不可能だ。しかし、奇跡的にすべてのタイミングが一致した時の盛りあがりは凄まじいものがある。
 プロレスは反対に格闘技が持つような波をできる限りなくし、少しずつでもいいから平均点を上げる競技だ。総合格闘技やキックボクシングがここまで注目される前なら、それで充分対応できたが、同じ土俵に並ぶようになった今、いくら一生懸命プロレス側が積み重ねていても、簡単に覆されてしまうことがほとんどだ。
 格闘技とプロレスは似て非なるもの、それが今の一般認識なのかもしれない。でも、観客を楽しませるという部分では同じ土俵で考えなくてはならない。それこそテレビドラマだって、映画だって、アーティストのライブだって同じだ。そういう他の分野と比べて、果たしてプロレスは本当に面白いのだろうか?
 この問いに、勢いが落ちていないドラゴンゲートや、両国進出を決めたDDT(マッスルを含む)、またはサバイバル飛田あたりは、「俺は○○と思う」としっかり反論できるような気がする。だが、メジャー団体はどうだろうか?プロレス界全体としてはどうだろうか?正直な話、僕は明確な答えを用意できない。
 皆さんにも考えてみてほしい。「プロレスの面白さとはなにか?」2009年はそんな根本的な問いに応えられるプロレスラー、プロレスファン、そして、プロレスマスコミでなければならないと思う。




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