第71回 団体対抗戦の行方

 年末年始のビッグマッチと新春興行のラッシュもとりあえずは落ち着き、プロレス&格闘技界は遅い正月ムードに包まれている。今は春頃を見据えた種まきの時期。表面化しない形で、様々な動きが起きていることだろう。
 プロレス界において最も大きくて、重要なイベントである新日本プロレスの1・4東京ドーム大会はひとまず成功に終わった。僕は会場に行っていないが、スポーツ新聞・週刊プロレスの記事やテレビ中継を見る限り、観客もここ数年と比べて多かったし、場内も盛り上がっていたように思う。
 ただ、これで「冬の時代に区切りが付き、これからプロレス界は再浮上する」なんてことは言えない。今だけを見れば良い方向に向かっているかもしれないが、10年前の1・4が今回の観客数だったら、「冬の時代到来」「プロレス界が大ピンチ」なんて見出しが躍っていたに違いない。昨年を基準に考えたら『大成功』でも、ほんの5年、10年前を基準にしたら『大惨敗』であることを忘れてはいけないだろう。
 この大不況の最中、どんなに頑張っても現状を維持することが精一杯というのが素直な実感。ビッグマッチの成功など一部だけを見れば悪く映らなくても、契約更改などの席ではシビアな現実が各選手たちに突き付けられるはず。どの団体もそれを受け入れた上で、どうしていくかを業界全体で考えていかなければならない。
 今回のドーム大会が一定の成果を挙げられた一番の理由は、新日本vsNOAHの団体対抗戦があったからだろう。プロレス界には「対抗戦が一番観客を集める」という“神話”がある。この対抗戦が激化し、トップどころのシングル対決に発展すれば、たしかに今回以上の盛り上がりを生むことになるだろう。
 ただ、そんな神話に昔のような神通力が残っているのかは微妙なところだ。後楽園ホールレベルの熱狂は作れても、武道館・両国レベル、さらにドームレベルに持っていくのはなかなか難しい。それは新日本vsゼロワンから見ても如実に分かることだ。
 ドーム大会当日に放送された地上波特番を見ていて気になったことがある。それはアナウンサーが「新日本が勝ちました」と強調していた部分だ。それは事実なのだけれど、アナウンサーが声を張り上げて連呼したほど、団体の勝利に熱狂したファンはいるのだろうか。ホームページやブログなどを見て回ると、意外なほど冷静な意見が多い。かつての対抗戦は「団体の存亡が賭けられた潰し合い」という見方ができたが、今のファン気質を考えると「なんで潰し合う必要があるの?」という素朴な疑問を持つ人が多いはず。そして、そこに明確な答えを出せるわけもないのだ。今さら「闘魂と王道の遺伝子は水と油」だとか「猪木vs馬場時代から引き継がれた闘争」なんて言われても、それが戦う理由と直結しない。では、なにが必要になってくるかと言うと、実はそんな理屈よりも、その場の雰囲気なんじゃないかと思う。
 今大会で杉浦貴が目立ったのは、「負けてなるものか」という殺気が見て取れたからだ。コスチュームは“普段通り”だし、別に対抗戦向きにスタイルを変えたわけでもない。でも、たとえこの試合の冠に『対抗戦』と付いていなくても、杉浦が一番目立っていたと思うのだ。杉浦は常に「本気」の気持ちを発散している。それが東京ドームという場所で活きたんじゃないかと思う。ノーリミットがNOAHに乗り込んで来た時のことを思い出して欲しい。いくら違う団体の所属選手がぶつかる試合でも、そういう気持ちがなければ、昔はただ『対抗戦』とつけただけで生まれていたはずの熱は巻き起こらないのだ。
 そうなると、今後の新日本vsNOAHが熱狂を起こせるかどうかは、そういう「本気」を常に発散できる選手の活躍次第になってくる。新日本で言えば永田裕志や金本浩二、NOAHで言うと前述の杉浦やKENTAあたりが動けば、盛り上がりは加速するだろう。
 そういう熱を生むためには選手同士の言葉も大事になってくる。本当に嫌い合うぐらいの舌戦を展開すれば、それが試合でも発散されるはず。今の時代、団体対抗戦という形よりも、個人抗争の連鎖みたいな形の方が熱を生むんじゃないかと思う。かつての新日本vsUインターのように、本当に団体同士が潰し合うなんて可能性はほとんどないし、そういう見方をして、団体に肩入れするファンだって驚くほど減っている。ならば、せめて選手同士が潰し合い、いがみ合って、この対抗戦をもっと高い位置へ昇華してほしい。団体内ならまだしも、他団体同士が表面的にはいがみ合っているのに、実際のところは気を使い合って生み出した名勝負なんて見たくない。




<<Back  Next>>
[終了]村上謙三久の『ファン上がり記者』トップ
(C)辰巳出版