第34回 初めてのプロレスコラム(上)

 日曜日のコラムも含めて、僕はこのGスピリッツ携帯サイトで何度も『過去の思い出』について書いてきた。区切りがあるごとに後ろを振り返り、屁理屈を並べてきたような気がする(悪い癖だな)。以前も『初心』について書いたし、先日はコラム30回記念ということで、格闘魂&モバイルゴング時代を含めた自分の自称・コラムニスト生活を振り返らせてもらった。
 その中で、格闘魂時代のコラムを発掘したことを書いたが、その頃から「さらに昔の文章が読みたい!」という願望が強まっていた。そう、それは学生時代の文章だ。
 これまでも何度か書いてきたが、僕は高校時代に文芸部に所属していた。我が母校・都立大泉高校にいまだ文芸部が残っているのかは分からないが、僕が入学した時点で部員は同学年となる1年生5人のみ。わけが分からぬまま年に2回、無理矢理『文芸部誌』なんてものを制作し、イベント時に配っていた。その頃からプロレスマニアだった僕は、プロレスを題材にした文章を何度か書いていたのである。
 残念ながら手元にデータが残っておらず、完璧に内容を忘れていたのだが、とあるキッカケで2歳下の元部員とコンタクトを取ることに成功。その後輩が持っていた当時の部誌を手に入れることが出来たのだ。
 改めて調べてみると、僕は高校時代に2度プロレスに関する文章を書いている。最初に書いたものはあまりにもイタイ作品だったが、高校3年の夏に書いたもう1つの作品は意外にも読める内容だった。まあ、それはあくまでも個人的な判断だけど。文章的には稚拙な面もあるし、自分を全面に出し過ぎていてきつい。今だったら全然違う書き方をするようにも思うけど、「俺って成長してないんだなあ…」と凹んでしまうほど、今とそんなに大差ない文章を書いている。
 原点を振り返るために、そして、失ってしまった熱さや成長していない自分へ自戒の念を込めて、今週&来週の2回でその時のコラムを採録しようと思う。テーマは『プライド』だ。
※当時の雰囲気や文体を壊さないため、誤字・脱字以外は変更せずに掲載します。読みにくい部分や分かりにくい表現があるかと思いますが、ご了承ください。
 
 
 才能に勝る努力なんてこの世に存在しない。
 ある作家曰く
「作家を目指す人に一番必要なこと?自分に才能があるのかどうか、どれだけ早く見極めるかだよ」
 ある美大教授曰く
「私は才能のない生徒にははっきり言うことにしている。それが彼らのためだからだ」
 それは確かに正しい。人はよく“努力”という言葉を口にするが、必ずしもそれが報われるわけではない。いや、それどころではなく報われることなどまったく、ない。
 それはそうだ。努力が必ず壁を越えるのなら、誰だって我先にと頑張る。しかし、そんなに世間は甘くないのだ。努力は必ず壁にぶち当たる。
 答えはいとも簡単に出る。才能があるのか、それともないのか。ただそれだけでいい。みんな夢半ばにして敗れ、何度も妥協し、やがて現実味があり、それでいて案外幸せな生活を送るようになる。そして酒でも飲みながら、“昔は俺もあれで飯を食っていこうとしたもんだ”、なんて懐かしそうに子供に聞かせるようになるのだ。
 それもひとつの生き方であり、ひとつの方法であって、そんな生き方の方がもしかすると正しいのかもしれない。夢が叶うことと幸福になることは必ずしも直結していない。別の道が開け、そこで大成することだって充分あり得る。
 おもいっきりぶち当たる。砕け散る。諦める。それでおしまい。じゃあその次。そんな風に生きればいつか無難で居心地の良い場所が手に入る。周りの意見や流行に器用に乗ってしまえば、なおさら簡単だ。
 だがしかし、器用にならずにこだわる人間だっている。答えを先送りにしているだけかもしれない。それこそ時間の無駄だ。それでも妥協しない己へのプライドを持ち続けている人間だって、確かに存在するのだ。形にならない本当に大事な想いを手放すことなんて出来やしない。
 自分が満足する、自分が燃え尽きる、それだけを目指す。そこには栄光があるかもしれないが、冷静に考えればそれ以上に決定的な答えに深く打ちのめされ、何も残らない可能性が強い。
 意地になっても仕方ない。
 こだわる必要なんてない。
 形から入ったって構わない。
 その場その場で適当に。
 もっと器用に。
 もっと周りが認めてくれるように。
 大言壮語もよしとする。
 嘘も方便だ。
 しかし、なにもかえりみない、そんな不器用な生き方が私はたまらなく好きだ。自己に意固地に固執し続ける人間に惹かれてならないのである。

 私はこの夏に2人の男を追いかけていた。『小橋健太』と『長州力』、この2人だ。名前を知らない人も多いと思うが、彼らはプロレスラーである。それも超一流の。年齢も団体もスタイルも違うが、本物のプライドを持つ2人は、この夏新たな勲章を手にした。

 7月24日、日本武道館。私は興奮に身を火照らせながら、半ば放心状態で帰路についた。「小橋!小橋!」耳をつんざくような大歓声がまだ頭を離れない。
 この日、小橋健太はデビュー9年目にして初めてチャンピオンベルトを巻いたのであった。その9年のわずか半分ほどだけだが試合をずっと見続けてきた私にとって、それは感慨深いことだった。
 『努力の人』――小橋健太を一言で表すならこの言葉がピッタリであろう。努力するのは当たり前で、その上に何を積み重ねるかで勝負するプロの世界で、そんな言葉が合うということは凄いことなのである。
 プロレスに限らず、プロと名の付くスポーツの選手にはなんらかのバックボーンが必ず存在する。例えば、プロ野球の選手なら高校や大学の野球で活躍して、それが認められて晴れてプロの選手となる。プロレスラーもまたしかりで、アマチュアレスリングでのオリンピック出場や国体優勝なんて肩書きを持っている選手もざらにいるし、大相撲やプロフットボール、プロボクシング、プロ野球などの様々な『プロ』という冠の付いたスポーツを経験した人間も多い。
 そんな中、小橋健太は柔道とボディビルをかじった程度、というなんら変哲もない経験しかなかった。一度は一般企業に就職し、サラリーマンとしてごく普通の生活を送っていたが、どうしても夢を諦められずに、半ば押しかけ入門という形でプロレス界入りをした。しかし、この年は新人の豊作で、大相撲や格闘技経験者が沢山いて、どう考えても何の肩書きも持たない彼の入り込む余地は内容に見えた。
 だから、彼はただ必死に練習するしかなかった。人の何倍も、何十倍も、寝る間を惜しんで練習し続けた。「仕事はプロレス、趣味は練習」とまで言われるほどで、慰安旅行に行っている時ですら練習するので、練習禁止令まで出たそうである。ファンという視点を差し引いて客観的に見ても、彼はもしかするとおかしいのではないかと思うほど禁欲的に練習をしていた。
 そして彼の努力は実を結ぶ。年間130試合、全国各地で行われる興行で毎回熱い試合を続け、ファンやマスコミの注目を集め始めたのだ。現代の冷めた世知辛い世の中において、完全燃焼をモットーとする彼のファイトはいっそう輝いた。
「所詮は八百長だろう」
 そんないい加減な気持ちで初めて彼の試合を見た時、その半ば狂信的にも見える彼のプロレスに対するひたむきさに、私は言いようのない感動に打ちのめされた。そこには八百長だとか嘘だとかそういうものを越えた『真実』があった。誰にも真似の出来ない彼の世界があったのである。
 そして、母子家庭という私と同じ境遇に育ったと聞いて私は彼に興味を持ち、いつのまにか声を枯らし応援するようにまでなっていた。
 そしてこの夏、ファンと共に歩んできた彼はとうとうチャンピオンになったのだった。左眼球打撲という怪我を試合中に受けながらの逆転劇だった。勝利者インタビューの時、彼は言葉をつまらせて泣いていた。周りを見ると、観客の中にも人目をはばからず泣いている人が沢山いた。皆、彼に自分を重ね、ずっと応援してきたのだろう。その光景と大歓声の中、私も込み上げてくるものを抑えられなかった。確かにその時、1万6千人の観客とリング上の彼はひとつだったのである。
 だが一歩引いて客観的に考えてみれば、こういうことは案外そこら辺に転がっていることだったりもする。どんな世界でも頂点の人間が逆転するする時にはそれなりのドラマがある。私自身、最近はそういう感動に慣れすぎてしまった感は否めなかった。
 しかし、1週間後に発売された専門誌を読んだ時、さらにハンマーで叩かれたようなショックを受けたのである。
 この試合の記事の最後にこういうくだりがあった。
「7月25日、全日本プロレスの道場には、1人練習をする小橋の姿があったという」
 彼は自分自身の夢であるチャンピオンになった次の日に、まだ練習生も来ていない道場で練習をしていたのだ!
 人は自分の目指す結果が出た時、誰もが勝利の美酒に酔いしれ、そしてゆっくりと休養する。私たちだって試験の後は思いっきり遊んだりする。行事が終われば打ち上げだ。しかし、彼は次の日にはまた練習を始めた。
 いったい努力とは、何のためにするものなのだろう。私にとっての努力とは周りに認められるためにすることであり、地位や名声や愛する人の心や直接的な物を得るためにすることだった。彼も勝った時にチャンピオンという夢にまで見た栄光を手にした。しかし、彼は走ることをやめようとしない。地位や名声を得るためなら、チャンピオンになった時ぐらい楽をしてもいいはずなのに。
 私は努力することはとてもかっこ悪いように感じていた。熱血なんて今時流行りはしない。しゃかりきになってもうまくいかないものはうまくいかない。無理そうだ、そう思ったらやる気をなくしてしまうことだってあった。そして後に残る後悔。なぜ諦めてしまうのだろう。うまくいかなくたって、自分が満足すれば後悔など起こらないはずだ。
 私はただ人に良く思われたいから頑張っていたのだ。自分の行動理由を他人に求めていたのである。そんなものを努力と呼んでいいのだろうか。
 彼はただ自分のために孤独な努力を続ける。そしてあくまでもプラスアルファとして周りの人間が存在する。強くなりたい、その願望に終着点はない。体が傷つこうとも、最終的に無惨な姿になろうとも、彼が満足するまでそれはきっと続くことなのだ。誰のためでもなく、何を得るためでもなく、ただ自分のために…。彼は今日も完全燃焼しているだろう。
(長州力編は次回に続く)




<<Back  Next>>
[終了]村上謙三久の『ファン上がり記者』トップ
(C)辰巳出版