第38回 言葉とプロレス

 先週末に開催されたNOAH3大会(正確に言うと1回はSEM)を取材した。Gスピリッツの誌面用(詳細は後ほど発表します)だけではなく、他媒体の手伝いもあったので、久々に選手の試合後コメントも担当。「やっぱり現場はいいなあ」と実感した3日間だった。
 NOAHの大会を3日連続で取材したのは、それこそオフィシャル携帯サイトの記者を担当していた頃以来、約2年半ぶりのこと。じっくりと試合を見ると、1人1人の変化が見えてくるし、コメント1つ聞くにしても、各選手の成長を感じることができた。
 例えば、現グローバル・ハードコア・クラウン無差別級王者である川畑輝鎮もその1人だ。僕がツアーに帯同していた頃の川畑と言えば、一生懸命頑張っているのは分かるし、試合からも気迫が感じられて、なおかつそれがしっかりと観客に伝わってはいたが、いかんせんベクトルの方向性が定まらず、あくまでも“前座を温めている名脇役”でしかなかった。
 今でも印象として残っているのが、『NOAHヘルスクラブ』として井上雅央、泉田純至と3人で一括りにされていた頃の川畑の言動。泉田はヘルスクラブとして新聞や専門誌に出ることを素直に喜び、積極的に活動していこうとしていた。雅央はそれまでもその後も変わらず、泰然自若としていた。そんな中で、川畑はヘルクスラブという括りをよしとせずに、なんとか自分の道筋を作ろうと模索していた。それは所詮、今になって思えば観客には伝わらないような迷走だったかもしれない。川畑の心の中には激しくたぎる“何か”が確実にあったが、それをどう表現すればいいのかがあの時は分からなかったんだと思う。(ヘルスクラブの3人の今を追うような企画が誌面でできたら、面白いかも!?)
 そんな川畑が、志賀賢太郎とのコンビをキッカケにして浮上し、今や個人でタイトルを保持するようにまでなった。コメントを聞きに行っても、“どうにかして自分の気持ちを伝えよう”“なにか刺激的な言葉を吐こう”という意識が感じられた。直接コメントを求めた僕ではなく、もちろん僕の手にあるICレコーダーにでもなく、ちゃんとその先にいるファンをイメージして言葉を選びながら話す川畑を見て、外部からの入団という形でスタートしたのに、こういう位置まで自力ではい上がってきた、そして自らを変化させてきたのは単純に凄いことだなと思った。
 コメントという部分で一番変化を感じたのは丸藤正道だろう。丸藤にはこれまでにそれこそ何百回も話を聞いてきた。NOAHの選手にはそれぞれファイトスタイルがあるように、話すスタイルも違う。普段通りの雰囲気ながら、常に刺激的な言葉を吐くKENTA、自分に言い聞かせるように一気にしゃべる森嶋、必ず笑いを挟もうとする杉浦。性格や志向が出てくる場面だが、丸藤はじっくりと考えるというより、その場のひらめきによってしゃべろうとする傾向があった。だから、見出しになるようなセンセーショナルな言葉を発することは多くても、どこかピントがあってないというか、芯がぶれていた印象がある(もちろんそういう話し方も丸藤の魅力であることに間違いはないし、書き手とすればありがたいことでもあるのだけど)。
 僕はKENTAや森嶋について書く時、比較する対象として丸藤をよく使ってきた。努力を必死に重ねていく他の選手に対し、丸藤は簡単に壁を乗り越えてしまうように見えると。実際に戦っている丸藤の姿に努力という言葉は似合わないし、感情を爆発させるような瞬間はあまりない。クールな天才、そんな風に感じてしまう人も多いだろうし、僕もそんな風に書いてきたような気がする。
 ただ、現実的に丸藤が努力をしてないかというとそんなことはまったくない。他の選手以上に練習を重ねてきたからこそ、丸藤は苦もなく華麗な動きを見せることができるのだ。だが、そういう泥臭さを見せるのが嫌なのか、それともヘタなのか分からないが、丸藤は決して弱音を吐いたり、苦労を強調したりするようなことはしなかった。そこは丸藤の長所だと僕は思う。
 久々に聞いた丸藤の言葉には重みがしっかりと備わっていた。一度はNOAHの頂点に立ったという経験もあるだろうし、若手選手が増えたことによって自覚が生まれたのかもしれない。NOAH参戦を果たした宮本和志に対する言葉の1つ1つにはちゃんとした深みがあって、重みが感じられた。なにより、普段からプロレスのことを考えて、自分自身と向き合っていることがヒシヒシと伝わってきた。
 今、表面的に見れば、GHCタッグ王者であるとは言え、一歩引いているようにも見える丸藤だが、再び個人として活発に動き出した時には、僕たちの想像を超えるような戦いを見せてくれるのはないか。そんな予感を感じずにはいられない3日間だった。




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