第39回 仙台――小橋と菊地、丸藤とKENTA、それぞれに過ぎた時間

 日曜日。翌日は朝から打ち合わせが入っていたが、普段から完全な夜型になっている僕は当然眠れず、いつものようにNOAH中継を見ていた。今回放送されたのは、5・24仙台サンプラザホール大会で行われた小橋建太&菊地毅vs丸藤正道&KENTAの一戦。この試合を見て、僕はかつて仙台を舞台に行われた2つの名勝負を思いだした。

 1つは小橋健太(現・建太)と菊地毅がアジアタッグを奪取した試合だ(92年5月25日・宮城県スポーツセンター。対戦相手はダニー・クロファット&ダグ・ファーナスのカンナムエキスプレス)。
 先日、プロレスの熱狂的なファンでもある知人と久々に会う機会があった。彼は僕が記者になる前からの知り合いなのだが、最近でも年間50興行近く観戦している筋金入りのプロレスマニア。最近の会場の様子やどんなプロレスを見ているのか聞いていた中で、「去年の年末にG+やっていた小橋と菊地のアジアタッグ戦を見て、鳥肌が立ったよ」という話が出た。この試合は僕が全日本プロレスファンになった初期の試合だが、今でもテレビで見たあの熱闘は印象に残っている。
 とにかく会場が異様なほど盛り上がっているのが印象的だ。今ほど危険な技や強烈な合体技がないのに、グッと引き込まれる。かといって昭和のプロレスのように今のファンからすると退屈という部分はない。もしかすると、ちょうどこのぐらいの時期のプロレスが一番バランスも取れていて、どの時代にも通用するものなのかもしれない。
 すでにタイガーマスク(三沢光晴)やジョニー・エースとのコンビでアジアタッグのベルトを巻いていた小橋だが、同期の菊地とタイトルを取れたのは、それとはまったく違う感慨があっただろう。当時はまだデビュー4年目。キャリアで言えば、今の潮崎豪と同じぐらいだが、気持ちという部分だけを見れば、菊地を含めてプロレス界でもずば抜けた魅力があった。
 僕が初めて全日本プロレス中継を見た時に印象に残ったのが、小橋と菊地の存在だった。2人はジャンボ鶴田を相手に一方的にボコボコにされていた。しかし、それでも立ち上がっていくさまを見たのが、ある意味、僕が初めてプロレスに本気になった瞬間だったと思う。ファン時代はもちろんのこと、取材対象となってからも何かと気にかけてくれただけに、この2人のコンビには思い入れが強い。
 あれから14年もの年月が過ぎたのだから、当然昔のように後先を考えず試合に臨めるわけはないし、フィジカル面でもガタがきている。小橋も大病を乗り越えたとは言え、シビアな話をすれば完全に昔の状況に戻ることは不可能だ。菊地にしても、プロレス人生の後半に差し掛かっているのは間違いない。あの日のように戦える状態ではないけれど、それでも今できる精一杯を見せようとする2人のファイトは、14年前と負けないぐらい人の気持ちを揺さぶり、動かしただろう。

 思いだしたもう1つの試合。それは丸藤&KENTAの戦い(2003年11月24日、宮城県スポーツセンター)。対峙したのは小橋建太&本田多聞。当時のGHCタッグ王者だった。
 その頃の丸藤&KENTAはトーナメントを制してGHCジュニアタッグ王座を戴冠し、2度の防衛に成功。勢いに乗り始めた時期だった。最終的には翌年の年末までに9度の防衛に成功し、対戦する相手が見当たらない状況にまでなるのだが、すでにその予兆は感じられるレベルにまでなっていた。
 2人の目標は高く、この試合が決まって時点で丸藤が「タイトル戦にして欲しい」とアピールしたほど。翌週に永田裕志&棚橋弘至との防衛戦、さらにその6日後にはWILD2との防衛戦が決まっていただけに、最終的に丸藤の主張は受け入れられなかったが、小橋は「このシリーズで俺たちは防衛戦が3試合するつもりだから」とコメントしていて、試合当日もベルトを巻いて入場していた。
 試合は24分18秒、多聞のデッドエンドに丸藤が沈んでいる。丸藤とKENTAがスピードで攻め込んだが、終盤では小橋のパワーが勝機を呼び込み、ダブルインパクト式の逆水平チョップからデッドエンドが火を噴き試合が決した。
 終わってみれば経験、そして、なによりパワーの面で小橋組が圧倒した印象が残った。タイトルマッチに相応しい内容だったが、「どっちが勝つのだろうか?」というベルトが懸かった勝負論までは導き出せなかった。どんなにスピードや手数でかく乱しても、最後の最後では1発の重みに吹き飛ばされてしまう。丸藤も試合後に「今日の俺たちじゃヘビーのベルトを賭けてはまだ無理」とコメントしている。2人にとっては課題を沢山得たと思うが、それ以上にまず悔しさを感じずにはいられない試合だったのではないだろうか。
 丸藤&KENTAが対ヘビー級のタイトル戦を実現させたのはその半年後。三沢光晴&小川良成に挑んだが、そこでも結果は出せなかった。最終的に2人は袂を分かった後に、シングル戦線でヘビー級越えを果たすことになる。
 あれから4年半。文句を言い合いながらも、いつもタッグを組んでいた2人のチームは逆に滅多に見られない珍しい組み合わせになり、個々が結果を出したことでプレミア感も生まれるほどにまでなった。記念試合という難しいシチュエーションで小橋&菊地を相手にしても、気負いや焦りは微塵も感じさせず、逆に試合を作っていた感すらある。小橋と対峙しても一方的なパワー負けはなく、冷静に勝負所をうかがい、キッチリと勝利した。
 もし、今回の対戦相手が小橋&多聞組だったとしても、そこには勝負論がちゃんとあっただろう。それどころか、客観的に見たら丸藤&KENTAが勝つ可能性がわずかな差かもしれないが、高いようにすら思える。
 プロレスは単純な勝ち負けを争うものではない。何度勝ってもイメージ的には上だと見てもえらえないことの多い、言うなればイマジネーションが重要視される。体格的なハンディがありながら、勝つだろうという雰囲気を作り上げられたのは、間違いなく丸藤とKENTAがあの日の課題を乗り越え、悔しさを忘れなかったからだ。
 改めて考えれば、丸藤は今年でプロレス生活10年目、キャリアの浅いKENTAですらデビュー8年目(この日がちょうどデビュー記念日だった)を迎えるわけで、同じ仙台を舞台にアジアのベルトを奪取したあの頃の小橋よりもはるかベテランなのだ。その時その時で感情移入する選手は違ってくるから、うまく年齢を軸にして選手を並べることはできないが、丸藤&KENTAも途方もなく長い時間戦い続けてきたのは否定しようのない事実だ。苦労や困難を乗り越えてきたからこそ今の2人がある。そんな当たり前のことを改めて考えると、過ぎていった時間の濃さが見えてきて、とても感慨深い。
 プロレスはこんな風に、それぞれの戦いや主義・主張が複雑に絡まっていく姿を長い時間を掛けて楽しむことができる。僕は当時の小橋や菊地のファイトを見てプロレスを好きになり、今こうして記者になることができたが、同じように、今回の丸藤やKENTAの戦いを見てプロレスを好きになり、僕のように記者になろうとしたり、あるいはプロレスを普段の生活の糧にしたり、実際にレスラーを志す人もきっと出てくるだろう。仙台で行われた今回の試合は、そういう沢山の連鎖を感じさせてくれる名勝負だった。うーん、4人の気持ちを丹念に拾い上げるようにして、取材がしたかった。




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