第44回 ヨネボンバイエ

 確かに頑張ってはいる。ある程度の評価を得るところまできた。でも、次の一歩がなかなか見出せない。今後の自分はどこに行こうとしているのか。根本的に何がしたいのか。いくら自問自答しても、ハッキリした答えが見つからない。焦りは増すばかりで、右往左往することしかできず、時間ばかりが無駄に過ぎていく。
 こんな経験を、仕事(学校生活)においても、人間関係においても、それこそ恋愛においても、誰もが経験したことがあるはずだ。僕自身もそんな壁にぶつかってきたし、今だって直面しているし、やっぱり今後もそんな悩みにさいなまれることだろう。
 もちろんプロレスラーだってそうだ。ある男――モハメド ヨネも今、僕たちと同じような悩みを抱えている。

 ヨネの名前をウィキペディアで検索すると、こんな一文が出てくる(以下ウィキペディアより引用)。
「独特の風貌とキン肉マンを模したキャラクターがファンに評価される一方、ワンパターンでテンポの悪い試合運びと技の受けの弱さに対する批判も多い」
 実際にヨネについての意見を調べていくと、批判……それどころか根本的な部分を否定するような罵声に近い厳しいコメントが目に付く。だが、僕は今のヨネにどうしても自分を重ねてしまって仕方ない。
 ヨネはずっと「変わりたい」「変わらなきゃ」と叫んできた。それも、以前の森嶋猛のように、自分に言い聞かせるようにうつむき加減で呟いたり、口をつぐむのではなく、質問をする記者たちの目を見据え、ちゃんと上を向いて、堂々と自分の思いを発してきた。それは取材をする記者の立場からすればとてもありがたいことだし、どんな質問にも答えようとする姿勢はプロレスラーとしても正しいことだと思う。
 だが、いくらそう叫んでも、なかなか根本的に変わることはできないままだった。ちょっとした変化はあったし、着実に成長だってしている。ただ、「変わる」という部分においては課題を先に延ばすことしかできていなかったのは事実だし、だからこそファンからも厳しい意見が増えてきたのだろう。
 けれど、自分の身に置き換えて考えてみて欲しい。誰だって変わりたいという思いを抱いたことは一度や二度はある。でも、それを実際に行動に移し、結果につなげることは簡単なことじゃない。
 僕だって自分の駄目な部分から目をそらし、「変えていかなきゃ」「もっと上を目指さなきゃ」なんて決意をするけれど、「明日からでいいか」「来月からで」「あと1年ぐらいはいいだろう」なんて先延ばしにしてしまっている。最低限の努力はしているけれど、自分の限界までやっているのかと問われたなら、やっぱり顔を背けてしまうだろう。もしかすると、そんな弱い自分自身を見ているような気分になってしまうから、ファンからは余計にヨネに対して厳しい意見が出てくるのかもしれない。

 ちょっと話が逸れてしまった。話題をヨネについてに戻そう。

 ヨネは藤原組でレスラー生活をスタートさせた。バトラーツを旗揚げ後には、急遽ではあったがリングス参戦も果たしている。その遍歴には“巧さ”ではなく、“強さ”を目指す姿勢が見え隠れする。『モハメド ヨネ』というリングネームになったことだって、響きやアフロが理由かもしれないが、『モハメド アリ』の名前をモチーフにするのには勇気がいる。当時は入場テーマも『ヨネボンバイエ』だった。ボンバイエの意味は「あいつを殺せ」。ヨネはそういう言葉や姿勢を背負って戦っていたのだ。バトラーツでは長井満也や村上和成と激闘を展開し、注目を浴びるようになっていく。全日本プロレスからNOAHへと受け継がれていた『王道スタイル』から遠いところでヨネはプロレスラーとして活躍していた。
 そんなヨネが池田大輔を介してNOAHに参戦。そこからヨネの苦闘が始まる。
 NOAHの戦いに順応するため、一から練習をし直し、対応できるスタイルを作り上げていった。右ヒザ負傷による長期欠場も経験し、試合ができない苦しさも味わった。今現在のモハメド ヨネというレスラーを作り上げてきたことは、想像以上にきついことだったはずだし、もっと評価されてもいいことだと思う。森嶋とのWLW戦は名勝負だったし、丸藤正道を下して白GHC王座を戴冠したこともある。森嶋とのタッグではGHCタッグ王座も獲得。実績だけを見れば、着実にステップアップしているのだ。
 しかし、森嶋や力皇とヘビー級の新世代として肩を並べていたはずのヨネだが、いつのまにか大きな差をつけられてしまった。丸藤やKENTAを含めて唯一GHCヘビー級王座への挑戦を果たしていない。仮に今、タイトル挑戦が決まっても疑問視する声が確実に起こるだろう。
 壁に直面したヨネは最近「変わりたい」とことあるごとに語っている。でも、実際は「変わってしまった」のかもしれない。外様で異質な存在だったはずなのに、日々の努力によって逆にNOAHに飲み込まれ、一番の魅力を見失ってしまったように、どうしても感じてしまう。
 昔持っていたはずの危険な雰囲気、強さへのあくなき憧れ、荒々しいファイトスタイルは鳴りを潜め、鋭利な牙は錆び付いてしまったようにも見える。もちろん、陽気で観客との会話まで見せるヨネは決して間違っていないし、実際にファンの声援だって飛んでいる。こうなってしまったのではなく、選んできたのだから、一部のファンになんて言われようとも、今の自分を自ら否定する必要はない。
 でも、自分の中で「このままじゃいけない」という根本的な欲求が起こったのだから、やはり新しい一歩を踏み出さなければいけない時期にきているのだろう。
 錆び付いた牙を今一度磨いていくのか。それとも、その牙を抜き取り、今の自分をさらに高めていくのか。どっちが正しいのかは僕には分からない。
 ヨネはよく森嶋を「モンスターとして覚醒した」と評するが、ヨネ自身は眠っていたものを覚醒させるのではなく、今まで積み重ねてきたものを切り捨てなければいけない。ただ、それは“何か”の終わりでもあるが、“何か”の始まりにもなるだろう。新しい“何か”を掴んだ時、ヨネは同じような悩みを抱えているファンの気持ちを背負うことのできるレスラーになれるはずだ。




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