第45回 “小悪党”が“悪党”に変わる時

 ふと気付けば、いつのまにかプロレス記者生活6年目に突入していた。Gスピリッツのプロジェクトも始動してはや1年。うーん、時間が経つのは早い。
 僕は先輩の鞄持ちや写真整理などの徒弟生活をおくっておらず、すぐに現場に放り込まれる形で記者生活をスタートさせた。先輩記者に事細かく取材方法やテクニックを指南されることのないままここまできているため、最近になって妙な不安を感じている。
 まあ、その足りない部分が、プロレスと関係ない媒体である月刊誌『スコラ』でお笑い芸人やアイドルなどを取材をすることによって、少しは補われてきているのかもしれない(スコラは毎月25日発売です!)。今日も週刊プロレスを読んでいて感心させられるコラムにぶつかり、僕もまだまだだなぁと痛感させられた。
 それでも自分なりのスタイルみたいなものが見えてきているのは確か。そろそろ若手記者を卒業しなければいけないが、今後も地道な積み重ねは必要になってくるだろう。
 プロレスラーにおいても新人レスラーからの脱皮というタイミングが、まず最初の大きな岐路になる。デビューするとまずは若手らしい元気の良さとか、シンプルな技、素直な物言いなど、周りと同じ没個性の中で自分の土台を作ることになるが、そこで最低限のフォーマットを学んだ上で、自分なりの個性を身につけていくことになる。それがデビュー3年目〜5年目ぐらいのテーマになるだろう。
 ここで方向性の選択に失敗すると、それ以降のレスラー生活に大きな影響を及ぼすことになる。後になっての路線変更は可能だが、当然リスクを背負うことになるわけで、ファンの困惑を呼び、思い入れをリセットしてしまうことに繋がってくる。マイナーチェンジを繰り返せば繰り返すほど、注目度も落ちていく姿を見ることだって結構あるのだ。
“自分がやりたいこと”と“自分がやれること”、さらに“会社がやらせたいこと”のバランスを取って、自身の方向性を決めるのは僕たちが考えている以上に過酷で難しいことだと思う。
 そんな状況で今、必死にもがいているのがNOAHの平柳玄藩だ。今年の秋でデビュー3年を迎える平柳は、先輩には潮崎豪を、後輩に谷口周平、青木篤志、伊藤旭彦、太田一平の4人を持つ谷間の世代。潮崎は年下の先輩で、後輩4人はアマレスの猛者揃い。とても難しい状況の中で戦ってきた。SUWAとのシングルマッチで顎を骨折してしまい、長期欠場も経験。いつしか後輩たちにも抜かれ、苦しい立場に追い込まれてしまっていた。
 最初にして最大の岐路に立った平柳が選んだのは、自らを欠場に追い込んだSUWAが見せていたような“悪童”ファイトだった。
 当初は空回ってばかりで、周りからも疑問視する声が多く聞かれたが、とにかく平柳は必死にヒールファイトを続けてきた。愚直なヒール、なんてバカみたいな響きだけれど、ホントに愚直にやってきたからこそ、最近になって平柳が注目を集めるようになってきたんだと思う。肉体的にもレスラーらしい体つきに変化しているのだって努力の表れだ。
 しかし、すでに岐路を過ぎて自分のキャラクターを作り上げることができたかと言えば、現実的には「?」の文字が浮かぶ。
 一番の問題は平柳のファイトは“悪党”ではなく“小悪党”であることだろう。急所攻撃を見せたり、先輩を相手にしても尊大な態度を取るなど、悪童というニックネームが板に付いてきているようにも見えるが、そこからはあふれ出すような感情が見えてこず、どちらかというと、“イタズラ”や“悪口”なんて言葉がしっくりきてしまう。強烈すぎるような自我や自己主張でもいいし、恨み辛み、妬みといったネガティブな気持ちでもいい。なにか平柳の根っこにあるものが見えてこないと、観客の胸を打つような戦いはできない。今のように、なんか面白いヤツがいるという状況が続き、いつしか飽きられてしまうだろう。
 健介オフィスとの対抗戦で見せたギラギラした危険な雰囲気。それこそが今の平柳には必要だ。それを対抗戦だけではなく、NOAH内部との戦いでも発揮できるようになったら、平柳は次のステップに進めると思う。
 そんなことを考えていてふと思い出したのがSUWAのことだ。NOAHに殴り込んできたばかりの頃のSUWAの周りには「あの人は誰?」というような緩慢なムードが漂っていたが、SUWAは自らの意識でそれを変え、NOAHジュニアの中で自分の居場所を作り出した。それを可能にしたのは、そこにちゃんとした思想と意識があったからだ。
 もちろん最初からそれができていたわけじゃない。僕が後楽園ホールで係員のバイトをしていた頃、デビューしたばかりのSUWAを見かけたことがある。当時、ユニットを組んでいたCIMAやドン・フジイと共に、お忍びで他団体の試合を観戦しにきていたのだ。まだ闘龍門としての活動を始める前で、みちのくプロレスでは活躍していたものの、関東圏ではそれほど有名な存在ではなかった。
 後楽園ホールではリングサイドに行くためには係員のチケットチェックを受けなければならない。団体関係者やレスラーはそこを顔パスでスルーできるが、そのためには係員が分かる程度の知名度が必要になってくる。
 SUWAたちはなんとなく緊張した面持ちでチケットチェックをしていた僕の前に現れた。僕はたまたまGAORAで放送されていたみちのくプロレスの中継をよく見ていたので、「どうぞ」と通すと、彼ら3人はホッとしたような笑顔を覗かせ、バックステージの方へと消えていった。まだプロレスラーとは言えないような素の表情がとても印象的で、今でもSUWAを目の前にするとこの出来事を思い出してしまう。
 しかし、NOAHに参戦するようになったSUWAは完全に別人となっていた。あくまでもフリー選手としての参戦なのにも関わらず、SUWAは会場内で絶対にその険しい表情を緩ませない。他の選手の試合を見ている時もにらみ付けるように戦いを見つめ、観客が立ち上がってそれを邪魔しようものなら、係員を呼びつけ、すぐに注意させるほどだった。
 一応断っておくが、SUWA自身は決して嫌なヤツではないし、信用できる人間だ。でも、自らが選んだレスラーとしての姿勢を貫くためにも、SUWAはいつ何時でも近づきにくいオーラを醸し出すようになっていた。それは長い時間かけて、自らの意志で作り上げてきたものだからこそ、観客にも伝わったのだろう。
 話を平柳に戻そう。そんなSUWAと比べると、当たり前のことだが、平柳の戦いは物足りないし、なんだか薄っぺらく見えてしまう。そんな見方を変えていくのは、並大抵の努力では不可能だ。
 この前の横浜文化体育館大会の試合後、平柳は当日タッグを組んだ高山善廣にバックステージでボコボコにされてしまった。「試合後にマイクアピールする余力があるなら、それを試合中に出せ」という高山の意見はごもっともなこと。高山は自分の視界に平柳が入ってきたからこそこういう行動を取ったのだと思うし、ある意味、認める部分があるからこその“愛のムチ”なのだろう。ただ単に、調子に乗りすぎた平柳の言動がむかついただけの可能性もあるが…。
 高山に殴られ蹴られ、平謝りだったあの時の平柳。しかし、そんな状況になっても素の自分を見せないレスラーになって欲しい。ヒールファイトは当然団体内で反発を生むだろうし、良くも悪くも目立ってしまうのは避けられない。そういう中でも自分を曲げずに、「どうってことねえよ」と不敵な表情を見せられるようになれば、そこに平柳の居場所を作ることができるはずだ。
 もう1人、ここで太田一平についても触れておきたい。NOAH若手選手の中では早い段階から注目を浴びるようになった太田。性格的にもファイトぶりも気持ちを発揮しやすく、それが観客に評価されたのだろう。
 一番の見せ場はエアプレーンスピン。客席からも大きな歓声が巻き起こる。しかし、この技こそ太田の更なる成長の足かせになってしまっているような気がする。
 途中でスピードが遅くなってしまっても、太田は必死に回転を加速し、元のスピードに戻す。この動きはほぼ毎大会で見られるが、いつしかそれが感情を発揮する場面から、単純に観客の声援を集めるための道具になってしまっている印象を受けるのは僕だけではないだろう。そこに「相手を倒したい」という気持ちがこもってなければ、本当の意味で観客の気持ちは動かせない。これは平柳にも言えることだが、小手先のテクニックでその場をやり過ごしていても、いつしか大きな壁にぶつかってしまう。
 いつのまにか同期に追い抜かれ、迷走しつつあるように見える太田。これはあくまでも僕の個人的な意見だが、今は自分の一番の見せ場になっているエアプレーンスピンを一旦手放す時期にきているのではないだろうか。




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