第44回 四天王プロレスの呪縛

 仕事柄、様々なニュースサイト(モバイルを含む)は毎日欠かさず見るようにしているが、同時にファンサイトや掲示板、一般ブログなども定期的に回覧して、プロレスファンがどんな風に感じ、どんなことを考えているのか、どんなことに疑問を感じているのかをチェックするようにしている。ある程度の傾向があれば、どういう打ち出し方をしたら一番伝わりやすいのかが見えてくることもあるし、逆にそれとは違う切り口で書いてみようというアイデアが浮かぶこともある。ファンの疑問を選手にぶつけることだってできるのだ。
 それこそ取材対象となる団体の試合を地方興行までくまなく見ていれば、そういう部分で周りを見ることは必要としないし、あくまでも自分の感じたままに書くことが出来るけれど、今の僕の状況はそんなことが許される環境ではないので、それを補完するためにもファンの率直な反応は、あくまでも参考意見とはいえ、無視できない。
 最近、そういう意見の中に「四天王プロレス」という単語を見る機会が増えた。これは単純にベースボールマガジン社から発売された四天王本の影響があるのかもしれないが、それにしても現在のプロレスと四天王時代のプロレスを比べる表記が多い。
 森嶋や丸藤たちのファイトと当時を比べ、「四天王プロレスを超えるような戦いをしてもらいたい」という意見もまるし、逆に「四天王プロレスを意識なくてもいい」という意見もある。なんとなく“四天王プロレス”という言葉が一人歩きして、その幻影が生まれてしまったようにも思える。
 振り返れば、四天王プロレスと呼ばれる戦いが繰り広げられていた時期から10〜15年もの時間が過ぎた。あの頃の戦いをリアルタイムで見ていたファンも減ってきているし、その人たちのほとんどがテレビ観戦かビッグマッチ限定で会場に来るファンのはず。当時の試合を見ていない最近のファンからすれば、DVD化などもほとんどされていないため、想像ばかりが膨らんでいき、“四天王プロレス”があまりにも漠然とし過ぎているのにも関わらず、なんだか凄いものになってきてしまっている。
 この連載コラムを読んでくださっているファンの方には伝わっていると思うが、“四天王プロレス=四天王の戦い”ではない。外国人選手だっているし、若手の奮闘や地味すぎるジュニアのテクニック、B旧外国人の胡散臭さ、ファミリー軍団vs悪役商会のほのぼのとした感じ、それら全てが合わさって当時の全日本プロレスを形成していた。ハッキリ言えば、四天王たちの絡みばかり見せられていたら、どんなに激しくても飽きてしまうし、ここまで高く評価されることもなかった。僕が当時の全日本プロレスにおけるベストバウトを10試合選ぶとしたら、四天王と呼ばれる三沢、川田、田上、小橋が含まれない試合がいくつも挙がってくる。
 だから、今の若いレスラーたちもあまりそこを意識しすぎないで欲しい。四天王時代の真っ只中でデビューした選手よりも、末期やそれ以降にデビューした選手の方が余計にその呪縛にとりつかれているようにも見える。「四天王プロレスを超える・超えない」なんて無意味な論点だし、時代背景やファン気質も違うのだから同一線上に並べて比較するなんて無理なことだ。両方とも同じプロレス。それ以上でもそれ以下でもない。
 同時にファンもあまり四天王プロレスを意識しすぎないで欲しい。確かに昔のプロレスの方が勝っている部分もあるし、盛り上がりは凄まじいものがある。だからといって、今のプロレスがダメだとか、つまらないとか、間違っているという意見に結びつけるのは短絡的だ。逆に新しい価値観を作ろうとしている選手たちに思い入れを持って応援する方が、有意義でもっと面白いことだと思う。まあ、こんなコラムを書いている僕が言っても説得力がないかもしれないが…。




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[終了]オレだけの四天王プロレストップ
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