第45回 四天王たちの“全盛期”

 各選手によって四天王時代はどういう位置づけなんだろうか?今回のシビアに彼らの“全盛期”(決してその前やその後が悪いという意味ではない)について考えてみたい。
 例えばスティーブ・ウィリアムス。テリー・ゴディとの殺人魚雷タッグは脅威ではあったが、決してウィリアムス個人の人気は高いとは言えなかった。しかし、小橋健太との三冠挑戦者決定戦(正確にはその前哨戦)で殺人バックドロップを解禁し、一気に浮上。三冠王者となった頃には、十分に武道館のメインイベントを務めるだけの強さと雰囲気を持ったレスラーになっていた。
 しかし、“家庭の事情”で1年間来日不可能となり、全日本の試合に出場できなくなってしまう。そこから復帰した後から、ウィリアムスはなぜかパンチ(ちなみにフック気味)というプロレスでは反則とされる技を試合の流れを変えるポイントで多用することになり、それが会場を盛り上げる妨げとなってしまって、名勝負も残せないようになってしまった。そこにどんな意図があったのかは分からないが、動き自体も三冠王者時代よりも明らかに悪くなってしまった印象を受けた。たった1つの繋ぎ技がウィリアムスの凋落を決めてしまったのだ。ウィリアムスの全盛期は三冠王者として四天王と凌ぎを削っていた時期だろう。
 三沢は僕がプロレスを見始めた頃から常にコンディションに不安を抱えていた。それでも若さと気持ちの強さで勢いに乗っていたのが、最初の三冠王者時代のような気がする。川田を完膚無きまでに叩き潰し、外国人選手とも互角以上の戦いを繰り広げていた三沢に、敗北のイメージはまったくと言っていいほどなかった。だが、東京ドームで川田と戦った頃の三沢はもうネガティブな部分を逆に精神的な力に変える余裕はなくなってしまっていて、怪我やコンディションの悪さを隠せないまで追い込まれていた。ただ、確かに今現在の三沢は当時と比べて動きは悪くなっているし、力強さも失ってしまっているのは否定できない事実だが、欠場を挟んで復帰した後、今日まで苦しい状況を抱えながら最前線で戦ってきていることはもっと評価されていいことだと思う。
 川田も当時から現在まで常にプロレス界のトップと戦いを続けているが、ずっとグッドコンディション、グッドシェイプを保っている。単純に比較できないが、これは三沢や小橋と比べても、それ以上に高い水準をキープしていると思う(試合数の違いなどは当然あるが)。ハッスルでの戦いを見ているとぼやけてしまうが、やはり川田がそれだけ練習をキッチリしている証拠だろう。
 だが、僕の中で川田の動きが一番良かったと思っているのが、98〜99年頃。三沢を“三冠パワーボム”で破った時期が一番充実していたように見えた。しかし、この三沢戦で腕を負傷し、長期欠場に突入すると、ジャイアント馬場引退記念興行に合わせて強行復帰。体重を落とし、絞り込んだ肉体で再び三冠戦戦に浮上するが、今度は両眼ブローアウト骨折という大怪我をしてしまう。これだけ負傷が続くと、なかなか試合勘は取り戻せない。僕が「ああ、川田の動きが戻ってきたな」と思えるようになるまで長い時間がかかった。その後の三沢戦に僕があまり乗れないまま終わってしまったのも、川田の動きが完璧だと思えなかった影響があったと思う。だが、川田は全日本分裂後、新日本勢やゼロワン勢と名勝負を連発していく。もう一度波を作り出したのも、さっき書いたように、川田の努力のたまものだろう。
 小橋の場合は、イメージ的に言うと、ずっと高い水準をキープしていた印象がある。「いつでもどこでも全力ファイト」というのは小橋の心情であるから、ある意味、それは当然のことだ。ただ、三沢や川田、田上との違いは、僕の中での小橋の“全盛期”は全日本時代ではなく、NOAHになってからだということだ。
 小橋を除く3人は四天王時代からすでにスタイルは確立されていたし、技の変化こそあっても、フォーマットは変わっていない。しかし、小橋の場合、全日本時代とNOAHに入ってからを比べると、明らかに試合のスタイルが変わっている。全日本所属時代の後期からちょうど小橋健太というレスラーの中に大きな変化が起こっていたのだ。
 当然必殺技がムーンサルトプレスからラリアットに変わっていったというのがまず大きな変化。さらに、膝の不安からギロチンドロップやフライングショルダーなど空中戦が減り、逆に逆水平チョップで試合のリズムを作るようになった。この変化の過程で三冠王者となったわけだが、今見ると、意外と粗い試合が多い。ラリアットに繋ぐまでの組み立て方がまだ確立しておらず、さらにそれをキックアウトされた場合の畳み掛けも決まっていないから、強引な試合運びが目立ってしまう。小橋の場合、四天王と呼ばれるようになってからもしばらくは勝利まで繋げられない全戦マン時代が続き、バーニングとして始動してから新たなスタイルを構築し始め、最終的にNOAHに入ってからそれが花開いたというのが、僕の中での見解だ。
 まだ勝ち星に恵まれない時代は、上の人間にぶつかっていけばいいのだから、どんな試合も名勝負にすることができた。しかし、相手との関係が対等となり、受け止める側にもなれなければいけない立場になった頃の小橋は、三沢戦など歴史に残る名勝負を見せていた裏側で、スタイルを確立するという苦悩と戦っていたのかもしれない。膝の状況は年々悪化し、手術や長期欠場まで経験することになるが、そこで背負ったハンディが現在の小橋スタイルを構築する大きなキッカケになっている。絶対王者と呼ばれた頃の小橋はどんな試合においても一定レベルを超えるファイトができるようになっていた。それは「小橋といえばチョップ」という不文律がファンの中にできあがっていたからだろう。
 最後に田上は…。まあ、四天王時代前に全盛期が終わっていたとも言えるし、いつでも全盛期とも言えるし、まだ全盛期が来てないとも言える不思議なレスラーだとだけ言っておこう。




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[終了]オレだけの四天王プロレストップ
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