第46回 殺人医師の盛衰

 四天王プロレスに一番欠かせない存在だった外国人レスラーはスティーブ・ウィリアムスだ。もちろんスタン・ハンセンが日本人選手に与えた影響は計り知れないが、ある意味、そのハンセンの強さが落ち始めたことが四天王時代の到来に繋がっているのは否定できない。ハンセンという壁にぶつかっていくことで四天王がレスラーとしての実力を身につけることができたと言うならば、その実力が開花した時、ライバルの位置にいた唯一の外国人レスラーがウィリアムスなのではないだろうか。
 90年代前半のウィリアムスは微妙な存在だった。テリー・ゴディとの殺人魚雷コンビはタッグ戦線のトップにいたものの、人気という面ではハンセンと比べてしまうと、一枚も二枚も落ちてしまう。『世界最強タッグ決定リーグ戦』2連覇、ゴディは三冠王座まで巻いていたが(外国人としては初)、ファンを惹きつけるようなカリスマ性がなかった。“強さしか持っていない”殺人魚雷コンビがファンの支持を受けるのは、入場時だけだったような気がする。新しい時代を迎えようとしていた全日本の変化に順応できていないような印象があった。
 だから、1993年8月にゴディの内臓疾患による欠場が発表された時、ウィリアムスの立場はかなり追い込まれたものになってしまった。力に頼った試合展開で、スープレックスはそれほど使用せず、必殺技はオクラホマスタンピートという大味な技だった。だが、ゴディが三冠挑戦者に決まっていたことが、ウィリアムスの追い風になる。ゴディの代替え選手として必然的にパートナーだったウィリアムスの名前が浮上。当時の三冠王者・三沢光晴への挑戦権を賭けた小橋健太とのシングルマッチが緊急決定した。
 当時から大きな声援を集めていた小橋の三冠初挑戦を期待する声が当然のようにファンからは巻き起こった。三沢vs小橋の三冠戦となれば、三沢vs川田に負けない夢のカード。逆に三沢vsウィリアムスを見たいと思っていた人は少なかったはずだ。
 しかし、シリーズ開幕戦。小橋との前哨戦でそんな雰囲気が一変する。ウィリアムスが突如として殺人バックドロップを解禁したのだ。その瞬間、場内は凍り付いてしまった。試合が一番盛り上がる山場で、一瞬にしてあそこまで観客が黙り込む瞬間はプロレス史を紐解いてもそうそうないだろう。
 かつてウィリアムスがバックドロップを使用していたことはあったが、あまりに危険すぎるために封印状態にあった。その後も、たまたま急角度のバックドロップを見せることはあったが、基本的にはリング上で披露されることはなかった。
 だが、小橋との戦いで突如としてバックドロップを解禁したウィリアムスは、これまでの閉塞感が嘘のように躍動し始める。小橋との挑戦者決定戦でもバックドロップが火を噴き圧勝。この試合はウィリアムスにとって本当の意味での出世試合とも言える。そして、同時に小橋とのライバルストーリーがスタートした試合にもなった。三冠戦では三沢に敗れたものの、バックドロップという必殺技がウィリアムスの存在感を際立たせ、タイトルマッチとして高い評価を得た。
 その後も三沢や小橋、さらには川田とも名勝負を連発。ハンセンが衰え、ジョニー・エースやパトリオット、ジョニー・スミスたちは順応しきれず、ゲーリー・オブライトも最初の勢いを持続できない中で、ウィリアムスだけが四天王プロレスの中で活躍し続けた。末期に参戦することになるベイダーも四天王と名勝負を繰り広げたが、まだ外敵というイメージが強かった。ウィリアムスは武道館のメインを務められる唯一の全日本内ガイジンレスラーだったのだ。
 余計に“家庭の事情”による1年間の参戦見合わせが悔やまれる。前回のこのコラムでも触れたが、動きやスピードが明らかに劣化し、安易なパンチの使用でファンからは落胆の声が起きていた。ある程度は持ち直したところで、今度はWWFに転出。1年後、再び全日本に戻ってきた時、もう完全にウィリアムスは勢いを失っていた。分裂後、新生全日本に参戦したウィリアムスは、IWAジャパンなどにも転出したが、最後までかつてのような名勝負を生み出すことができなかった。
 これは“たら・れば話”になってしまうが、ウィリアムスが欠場することなく全日本マットに参戦し続けていたら、四天王プロレスはまた違った方向に進んでいたのではないかと思う。ウィリアムスは不器用で雑なスタイルだったが、感情や緊張感をリング上で発散するという部分においては抜群なものを持っていた。川田や小橋とのシングルマッチはもっと次元の高い戦いに突入できたようにも思う。パワーで勝る外国人選手の存在感がなくなったことで、四天王プロレスはまた違った変化を見せるようになっていく。
 様々な偶然が重なって誕生した四天王プロレス。そして、ウィリアムズも同じように沢山の偶然がたまたま同時に起こったことで、四天王たちとの戦いを強いられ、そこで自分なりに順応した結果、あんな活躍が偶然生まれたのだろう。だが、危険な投げ技を多用する流れはウィリアムスから始まったのかもしれないが、ウィリアムスのプロレスは決して“技の品評会”には陥らなかった。今の日本のプロレス界にはあんな怖さと強さを持ったウィリアムスのような外国人が足りないようにも思う(強いてあげるなら、同じような雰囲気を持っているのはバーナードぐらい)。NOAHにも1人ぐらいあんな外国人選手がいたらなと思うが、たぶん、今の時代にあんな不器用なレスラーは生まれてこないだろう。それが残念でならない。




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[終了]オレだけの四天王プロレストップ
(C)辰巳出版