第48回 三沢と川田と当時の僕(30)

 全日本プロレス2度目の東京ドーム大会。僕は自腹で5人分のチケットを購入し、半ば無理矢理友人たちを会場に連れて行った記憶がある。それはたぶん、僕なりの義務感だったのかもしれない。“『ジャイアント馬場』と冠の付く大会を観戦しなくてはならない”“観客を沢山入れなければならない”そんな感情が心のどこかにあった。言い換えるなら、僕の気持ちの中で、全日本プロレスに対する想いが目に見えて無くなってきていたのだと思う。今になって振り返ってみると、“単純に面白いから”“見たいから”会場に行くのではなく、“これまで見てきたら”“見なければいけないから”会場に行っていたのだろう。この気持ちを理解してくれるプロレスファンは多いはずだ。多かれ少なかれ、こんな感情をプロレスファンは抱えているはずだから。単純に楽しみたいとも思っていたし、楽しもうともしていたが、プロレスに対する思い入れが疲弊していたのだろう。ある意味、今の方がプロレスと向き合えているし、シンプルに好きだと言えるのは、いいタイミングで記者になれたからだと思う。
 このドーム大会で一番印象的なのは、ジャイアント馬場さんの引退セレモニー(引退記念試合)だ。輝かしいレスラー生活を彩ってきた数々の名勝負がドームのビジョンに流され、ザ・デストロイヤー、ブルーノ・サンマルチノ、ジン・キニスキーといったかつてのライバルたちがリングでそれを見守る。最後に馬場元子夫人がリング中央に馬場さんのリングシューズを置き、惜別の10カウントゴングが打ち鳴らされる。最後に『王者の魂』が響き渡った時、僕は本当に1つの時代が終わったんだと実感できた。それまでも、そしてそれからも「何かが終わり、何かが始まっていく」という感覚を味わったことはあるけれども、その衝撃と後に残った印象を比べると、この時が僕の人生の中で一番強かったかもしれない。
 正直に話せば、この日の興行の試合内容はまったくと言っていいほど覚えていない。三沢がベイダーを下したという事実以外は、川田の動きが悪かったことと、丸藤がシューティングスタープレスを公開したことぐらいが印象に残っているだけで、小橋とロードウォリアーズの再会や他団体から様々な選手が参戦したことは記憶に残っていない。いろんなプロレスを後楽園ホールで見過ぎてしまったため、目新しさを感じることができず、逆に全日本プロレスの純度が薄まってしまったことで、余計に厳しい目で見てしまう癖がいつのまにか付いてしまっていた。
 ドーム大会の翌日、全日本プロレスは新体制を発表している。三沢が社長、川田と百田が副社長に就任。田上、小橋、渕も取締役となった。筆頭株主でもある元子夫人も取締役に名を連ねていた。
 合議制という形で全日本が再スタートする。この発表は全日本ファンから歓迎された。とにかく新鮮だったし、他団体との交流や思い切ったマッチメイクが実現するだろうと考えられたからだ。僕自身はちょっと引いた気持ちではあったが、とにかくもうしばらくは全日本マットを見届けようと考えていた。




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[終了]オレだけの四天王プロレストップ
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