
また、HIVに感染し、子ども二人を連れてスラムに引っ越してきた若い母親。危険が潜む場であるスラムだが、若い母親は言う。「ここのほうが気兼ねなく生活できるの」。そしてある晩、夜の仕事をわざわざ休み、子どもたちのために夕食を用意する。いつもより多めのご馳走。しかもいつも夜は仕事でいない母親がいる。カメラのライトの中での家族3人の「まつり」。
食事が終わり、ひとつのベッドで3人が寝付く。毛布に大きなふくらみと、小さな二つのふくらみがある。静かな時間が流れる。外からはスラムの喧騒がもれてくる。しかしこの暗い部屋の静かな時間こそが、どれほど大切なのだろうか。思わずファウストの「時間よ止まれ。お前はあまりに美しい」という言葉を思い出していた。たとえわたしにとっても悪魔との契約の言葉であっても、やはり発してしまっていたかもしれない。
明日の朝、母親はエイズを発症するかもしれない。幼い姉弟は、路上へ出てゆくかもしれない。明日という日もまた、今日と同じ絶望に包まれているだろう。それでもその一瞬の「しあわせな瞬間」。その「瞬間」をもてたことが、子どもたちにとっても、母親にとっても、どれほどこれからの「生」の中で大切なことだろう。
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