視線の先に 第一章

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係員は背後にスペースがあることを大仰に確認して、いったん後退し、それからもういちど前に進んでみてくれと命じた。

微妙に納得できない気分ではあるが、バックにいれ、そろりと後退させ、さらにそろりと前進させた。

その瞬間だ。弾かれたようにバーがひらいた。係員が曖昧(あいまい)な笑顔で言った。


「侵入速度が速すぎたのかもしれませんね。注意して御通行ください」


釈然としないが、水掛け論になるのがおちだ。

私はことさらゆっくりとETCゲートを抜けて、車を本線にむけて加速させた。走行車線にはいって淡々と走りはじめる。深夜なので空いている。

先行する長距離便の赤いテールが彼方でにじんで揺れる。

八王子の料金所をすぎると中央高速は照明もなくなり、自車のヘッドライトだけが頼りになる。

夜の深みに秘めやかに飛びこんでいくかのようなこの瞬間が、大好きだ。


「御通行くださいですって。注意しろって言うなら、御はないわよ」

「まあ、ぶつからなかったんだから、よしとしよう」


淑子が怒ってみせるのは、私の怒りを鎮めるためだ。

おとなしいくせに短気というのが私に対する淑子の評で、あるころから腹立たしい出来事に遭遇すると、淑子のほうから先に憤(いきどお)りの声をあげるようになった。

淑子が怒ってみせるので、私はなだめ役にまわる、というわけだ。

私は淑子の横顔を窺い、笑みを泛(うか)べる。


「べつに腹は立てていないから」

「そうですか。わたしは本気で怒ってますから」


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