視線の先に 第二章

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博幸は夏休みだ。

この夏を淑子と野辺山で過ごす。

残念ながら私には勤めがある。

だから行ったり来たりしなければならない。

それでも盆の休みは野辺山で過ごすつもりだ。

人付き合いが得意なほうでもないし、定年後は野辺山でゆっくり暮らす。

わたしが染色で食べさせてあげますから、と淑子は笑う。

実際に、野辺山で試験的に染めたあれやこれやの評判はなかなかで、幾つか引き合いがある。

甘いところもあるだろうが、私たち夫婦の選択と人生設計は悪くないと思う。


「眠れないの?」


淑子の声がした。わずかにベッドが軋(きし)み、私のほうに向く気配がした。

私は腕を頭の下に組んだまま、闇を見つめて呟く。


「初めてオートバイに乗ったときのことを思い出していた」

「どんなオートバイ? 大きいの?」

「いや。RD50という原付だ。いまからちょうど三十年くらい前か」

「スクーター?」

「いや。ちゃんとクラッチと五速のミッションがついたロードスポーツだよ。ロングタンクが恰好よかったなあ……。

いっしょに原付免許を取りにいった友だちが、親に買ってもらってね」


「愉(たの)しかった?」

「ああ。牛乳瓶四分の一しか排気量がないにもかかわらず、ぐいと走りだす」

「ぐい、と走りだすのか」


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