視線の先に 第三章

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林道は、じつは匂いと色の坩堝(るつぼ)だ。

荒れた路面に上下左右にシェイクされ、私はすっかり混合された。

なにが混ざりあったのかは自分でもよくわからないが、片寄っていた私という色彩が、ほどよい具合に混ざりあったかのようで、なにやら棘々しいものが失せていた。

その証拠に人の頭ほどある落石も、雨にえぐられた縦溝も、道を横切った青大将も、なかば乾きはじめた水たまりの泥も、一瞬鼓膜を擽(くすぐ)った野鳥の声も、遠い彼方で蒼く霞む山並みも、なにもかもが私という生き物を肯定してくれている。

淡々と走っていると、幾台か、オフロードバイクに抜かれた。

追い抜きざまにVサインをだして挨拶していくライダーもいて、追従したい気持ちが湧いたが、年の功であくまでも慣らし運転に徹した。

標高を稼いだのと、木々がつくる影が途切れることがないのとで、思いのほか涼しくなってきた。

三国峠のトイレで用を足し、下っていく。

長野県側は舗装されている。

荒れた路面にさんざん揺すられてきたせいで、とたんに鏡の上を滑っているかのようなスムーズさで、なにやら逆に心許ない走行感覚だ。

もう南佐久(みなみさく)郡川上(かわかみ)村である。

高速道路を使えば二時間弱ほどの距離を、半日近くかけて野辺山に着いた。

効率とは無縁の、この達成感こそがツーリングの醍醐味であり、私が人生で忘れかけていたものだった。

ゴールでは、満面笑みの淑子と、怪訝そうな、しかも呆れた顔つきの博幸が迎えてくれた。

さすがに私はくたくただったが、セローは穏やかに、しかも規則正しい鼓動を刻んでいる。

それでもエンジンを止めて、じっと見つめると、新車のよそよそしさがだいぶ薄れて、不思議なたくましさが滲んでいた。


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